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懐かしい二人

40代の頃、ハローワークからの紹介で、社員20名ほどの小さな会社に面接に行った。

家から車で10分
勤務時間は9〜4時
仕事内容は一般事務

近くてお昼も家に戻れるし…
条件としては希望に合う。

面接では70歳を超えた男女の二人が、ごく普通の簡単な質問をして終了。
お茶を運んで来た人は、わたしと同年代の女性だ。

その場で
「いつから来れますか?」
高齢女性が主に話を進め、採用となる。

この高齢男女の関係は?
ご夫婦ではない…
男性は女性をAさんと姓で呼んでいる。女性は男性を会長と呼んでいる。
でも、上司に対する言葉づかいではない。

「会長、いいよねっ」
「会長、違うって〜そうじゃないって〜」

など…関係が全然わからない。
しばらくしてだんだんわかってきた。

会長は定年退職後、この会社を立ち上げた。
Aさんは、若い時からの会長の友人で、立ち上げのときから経理や事務を引き受けて協力してきたらしい。

会長は前職を勤め上げ、押し出しも立派、真面目、謹厳実直だけど…
直ぐに顔を真赤にして怒る。

そんなとき、会長を鎮めるのもAさんの役だ。
「会長、そんなんで怒ったってしょうがないじゃない、わたしはそう思うよ〜」
幼馴染のような間柄にみえる。

そして、さらに
会長の息子が社長で、お茶を淹れてくれた人は社長の妻だった。
相談役という役職の人もいて、営業に回っている。
みんな古くからの繋がりがあるようだ。

Aさんは既に給与事務を社長の奥さんに引き継いでいて、契約業務はわたしに覚えて貰いたいらしい。
あとは提出書類の作成などだ。

初日、驚いたのは…
Aさんの机の上にあったのは算盤だった。
契約業務台帳は、A3用紙を横にし線を引き、契約金額、期間、内容、担当など必要項目が手書きで作られている。

契約金額の増減があるときは、二重線で消したり、消しゴムで修正したりと、わかりづらいし見づらい。
当然、何回も確認の算盤計算だ…

これをわたしがやるの…?

「かんなさんも金額確認してくださいね」
「はい…」
いくら何でも、わたしは算盤ではなく電卓を使う。

会社にはパソコンはもちろんワープロもなかった。
しばらくしてから、許可を貰って家で使っていたワープロを持っていき、提出書類だけは手書きしなくて済むようになった。

Aさんも嫌な顔をすること無く
「いいですよ、ちゃんとできれば」と
受け入れてくれた。

数年経つと徐々にパソコンが導入され、エクセルとワードで仕事は捗ってきた。

小さな同族会社の良い点は、融通が効くこと。
突然Aさんが仕事中に
「ねぇ、車に乗せてってくれない?
あそこの美味しい和菓子屋さんまで…」
「はい、いいですよ」
Aさんはこの会社の主みたいな人だから誰も文句は言えない。
会長の後ろ盾もあるし…

日によって、会長も社長も留守のとき
数人でお金を出し合い宝くじを買いに出ることも…

そして空模様が怪しくなると
「かんなさん、洗濯物平気?
取り入れてらっしゃいよ」
Aさんに親切に言われて何回か家に戻ったこともあった。

ある日、素敵なブラウスを着ていたので、「素敵ですね」と言うと、
「デパートで買って…高かったのよ」
「そうですか、綺麗ですね」
と、ほめたんだけど…

Aさんからは思わぬ言葉が…
「いいんですよ、人は身の丈に合ったものを着ればいいんですよ」

意味不明……
「はぁ〜そうですねぇ…」
としか言えなかった。
諭されたんだ…

Aさんは、ご本人によると
お大尽に生まれ、乳母日傘で何不自由なく育てられたのだという。
確かに…そう言われれば、この自由さはそこから来ているのだなと納得。

でも、この会社を辞める2年前、わたしを正社員にと会長に進言してくれたのもAさんだ。

「厚生年金払っといた方がいいよ」
との言葉どおりに、僅かでも年金額が増えたのはAさんのおかげだ。

会長の言葉で思い出すのは…
今のわたしの年齢と同じ頃だから、身内や友人に亡くなる人が増えてくる。
仏事で外出が続いたので
「大変ですね」と言うと、
「そうだな…でもこれは生きてるもんのつとめだからな…」と。

「生きてるもののつとめ」
当時の会長と同じ年齢になって、
幅広く意味を考える。
会長の言いたいことがわかったような気がする。

いいことばかりじゃなかったし、自分の未熟さを思い知る経験もした。
でも、お二人のことはとても懐かしい。

最近は「生きてるもののつとめ」をよく考える。

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