世界を感じながらごぼうを刻む
今日はカレーにしよう。
いや、何が何でも薬膳風カレーが食べたい。
そう思い立って、土のついたままのごぼうと大豆、我が家にやってきて今や遅しと出番を待っていたスパイスたちを集合させた。
背中の方から、
何語かわからない言葉を話す若者の叫びや
今日の日本の行方を議論する偉い人の咳払い
#BLMやポストコロナを一から解剖学のように解説する声が聞こえる 。
BLM(black lives matter)ってどう訳せば本質が見えるんだろう。
黒人の命は大切だ?黒人の命も大切だ?どんな命も大切だ???
グローバル化を信じていれば安泰だと思った明日はあまのじゃくだったのかな。
誹謗中傷が人を殺したことに衝撃的な顔をした人たちが
また誰かの人生の過ちをホワイトボード上で最後の審判にかけていて、
揺るぎない正義を知ってる人っているのかな。
なんて考えながら
私はごぼうを洗った。
世界のあちこちで起こる出来事を確かに感じながらも
ひのきのまな板の上で野菜を刻む自分。
世界中に、同じようなことをしてる人が一体どれほどいるのだろう。
パリの煙草が香るアパートメントのキッチンで
オーストラリアの草原の小さな家の暖炉の前で
アラスカの大河のほとりの古臭いパブの片隅で
確かに、確実に、世界を背後に感じながら
目の前の今を生きている。
そんな人たちが一体どれほどいるんだろう。
なんとなく
何かと繋がっている気がしながら
薬膳カレーのスパイシーな香りに 満足げな今日だった。
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