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正と正子 春ピリカ応募

私のおじいちゃんの名前は正(ただし)おばあちゃんは正子(まさこ)という。なんか笑える。でも素敵な気もする。二人はお見合いで結婚したそうなの。驚く事に、二人は結婚までに一度しかデートした事が無いんですって!信じらんないわ。でもママは、当時は珍しい事じゃ無かったって言ってたけど。マジみたい。


二人は見合いの席から料亭の庭に出た。ただ、黙って庭を歩く。

正子の前を歩いていた正はいきなり振り返り、正子の目を見て言った。

「実は見合いをする前から、あなたを知っていました。仲人にあなたとの見合いを頼んだのです」

正子も彼を知っていました。月曜日と金曜日にお茶とお花の師匠の元に通うのですが、彼は駅前で時々すれ違う人でした。お稽古の度に彼の姿をそれとなく探していたのですから。
まさか、この見合いの席に彼が現れるとは夢にも思わず、ここで顔を合わせた時から、正子の胸の高まりは鎮まらないままなのです。

「私の事を知って欲しいと思います。何でも聞いてください」
正は言いました。

正子は何を尋ねて良いのかわかりませんでした。まだこの状況が現実では無い気もするのですが、ドキドキが止まらず、何も考えられないのです。

「今は胸がいっぱいで、何をお尋ねしたものか」
正子は正直に言いました。

「思いついたら、いつでも聞いてください」
正は優しく言ってくれ、また前を向き歩き出しました。

その時、正子は小さく声をあげました。
「アッ」

振り向いた正が瞬時に彼女の手を取り、彼女の身体を支えてくれました。
もう少しで正子は転ぶところだったのです。

正は、触れた彼女の手を離しません。
それはとてもさりげなく。正子は不自然とも不快とも思いませんでした。
その事で、まだまだ鼓動は続く事になったのですが。

正は正子と向かい合い、こう言いました。
「正子さんと歩んでいきたいです」

正子は返事ができません。口は喋るためにあることさえ思い出せないような気がしました。

彼と手を繋いでいない方の手が、正子の気持ちを代弁しました。
正子の手は、彼の空いている片方の手に触れました。正確に言えば、彼女の小指が彼の小指に触れ、その指はそのまま彼の小指に絡められたのです。

少し驚く正。
正子は、顔を真っ赤にして言いました。
「一緒に歩きます。指切りげんまんです」


ね、私のおじいちゃんとおばあちゃんの話、素敵でしょ。
この間ね、私ね、二人に頼まれたのよ。
もし二人が天国に行ったら、二人の結婚指輪を持っていて欲しいって。
私、そうさせてもらうつもりなの。
素敵な人に出会えるお守りになると思うの。チェーンに二つの指輪を通して、ペンダントみたいにして身につけるつもり。
でも、二人には長生きしてもらわなきゃあね。
二人にも話したら、抱きしめてくれたの。そして三人で指切りげんまんをしたのよ。

私もいつかはこの指に。浮かんできた笑顔に私も微笑んだ。


1,168文字


この話の時代背景は私の母の若い頃、つまり70年とか80年とか昔のことになります。この頃は、見合い結婚が当たり前の時代。ですから当時は悲恋の小説が多く読まれたときいた事があります。

皆様にお読みいただけたら嬉しいです。どうぞよろしくお願いいたします。  
                               めい


#春ピリカ応募