見出し画像

群れた生き方が無意味だと気付いたとき。

こんばんは、Yukiです🌱

今日は、2年間の私の性格の変化について
話していこうかと思います😊

私が群れの無意味さ意識したのは
大学3年の夏に韓国で
短期インターンシップをした際でした。

群れないほうが成功したinソウル

メンバーの中には、
遊びに韓国に来た人がほとんどだったので、
目的意識が違ったこともあり、
そのお遊びグループと私は次第に離れていきました。
そのとき、
私はお遊び野郎と仕事することはできないと思い、
一人で現地の企画をしました。
一方、そのお遊びグループは、インスタ映えするカフェに行ってはブログを投稿し、
キャーキャーしていました。
私は羨ましいとおもいながらも、
そっちにいったら遊びで終わってしまうと思い、
派手な子たちの活動とは対照的に、
地道に現地の方々とメーリングや会議をしていました。
結果的に彼女らの活動は期間終了後ぱったりと終わりましたが、私の企画はその年の春先まで持ちこたえることができました。

群れたらディベートで負けたが孤立したら褒められたin学部ゼミ

わたしのゼミでは日本経済に関するディベートをしていました。
ゼミ生の中には、
エクセルが使えない人
編集ができない人
文章が考えられない人
出席できない人
遅刻する人
などで、戦力となる人は限られていました。

夏、有名大学K大とディベートするにあたって
私は帰国してからもインターンシップの仕事が残っていたこともあり、人が考えたレジュメを使って、頭で考えようともせずに挑みました。
そしたらどうでしょう。
案の定大差で負けました。

自分が思い描くセオリーでないと
自分の口から本気は伝わらないと気づき、
私は群れることを辞めました。
それからは、一人で考えたセオリーで
9人の反対を押し切って(最終的に納得させ)
本番に挑んだところ、
惜しいところまできましたが
結局負けてしまいました。
しかし、私が思い描いたセオリー通りに
試合が動いたことから、
チームからは「試合がやり易かった」と
孤立したのに感謝されました。

生殺与奪の権を他人に握らせるな。

by富岡義勇

『鬼滅の刃』富岡義勇の名言です。
この言葉を耳にしてからは
一人で成し遂げることを心がけています。

みんなで仲良くおままごとしていいのは幼稚園までです。

それ以上は生殺与奪の権が伴ってきます。

自分の生い立ちを人のせいにしてはなりません。
人に己の権利を担われてはならないのです。

これが私の覚悟であり、生き方です。