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David Wilson振付の好きなプログラム

ロマンチックな物語性のあるプログラムをつくらせたら右に出るものはいない。踊れるスケーターには極限まで音楽と対峙させる作品をつくるし、感情表現がそう得意でないスケーターにも妥協せず難しいプログラムを用意する。指導が上手なのか、特性をうまく引き出すのか、スケーターたちもその課題をクリアしていく印象もある。
とにかく作品は美しい。まるで映画を見ているかのような、ドラマチックな人間の感情の機微や情熱の発露を、作品の中につくりだす。男女の感傷的なすれ違いから狂気的な舞踏表現まで、彼の創造の泉の深さにはいつになっても驚かされる。
ウィルソンの振付作品で個人的に好きなものをまとめてみました。

YouTubeのプレイリストにもまとめました:https://www.youtube.com/watch?v=H1oh9ku8lDY&list=PLIrV7UBnHvUUhX1syKGVtquBSGr-l1QSG


①セバスチャン・ブリテン:シラノ・ド・ベルジュラック(93-94FS)

ウィルソンの最初の顧客は、カナダのセバスチャン・ブリテン。高難度のジャンプをなかなか入れられなかったためワールドの最高位は8位だが、ジャンプ以外の滑りやエレメンツは上質。このリレハンメル五輪のフリーは、アニシナ・ペーゼラ組が長野五輪で使用した「シラノ・ド・ベルジュラック」のサントラより。17世紀フランスの剣豪作家の悲恋を描いたストーリーで、冒頭の美しい振付がまさにウィルソン。

②ジェフリー・バトル:ラフマニノフ「鐘」(04-05SP)

バトルとウィルソンのタッグは「アディオス・ノニーノ」や「サムソンとデリラ」も大傑作だが、一つに絞れと言われたらこのラフマニノフの「鐘」かもしれない。
秀逸なのは2つのステップ。中盤のサーキュラーステップは音楽の歩調と完全に合っている。見事なツイズルの連続、途切れない緊張感、これだけスピードを出しながら完全にコントロールされている。
そしてラストのストレートラインステップとスピンは、音楽とエレメンツの組み合わせにおいて、最も驚かされたアプローチの一つ。曲はすでにコーダに入り、シンプルな和音の連続で収束に向かう中、熱に浮かされているかのように、一心不乱にエレメンツをこなす姿のギャップが、この曲の持つ不安や狂気性を表現しているようで、何度も見てもゾクゾクしてしまう。

③安藤美姫:戦場のメリークリスマス(05-06SP)

2004年のシニアワールドデビューがあまりにも素晴らしかったので、その当時はトリノ五輪はきっと安藤さんが獲るだろうと思っていた。その後しばらく難しい時期を過ごすことになるが、トリノ五輪シーズンはアメリカに拠点を移し、ウィルソン振付と聞いたときは色めきたった。
この「戦場のメリークリスマス」は、ウィルソンの美しい振付と安藤さんのその年代だからこその繊細さや危うさのようなものがうまくマッチして、緊張感のある感情的なプログラムに仕上がっている。冒頭の有名な高音のピアノの調べにビールマンスピンを持ってくるところにもう大拍手。音楽が急かされるように前に進んでいく箇所に持ってきたストレートラインステップは、全体的に繊細なプログラムの中でも本来彼女が持っている前のめりに攻めるスタイルが染み出していて、プログラムの素敵なアクセントになっている。
フリーの「マイファニーバレンタイン」も、終始静かで陰鬱としているが、ぜひもう少し熟練した姿でも見たかったと思わせる、美しい作品。

④キム・ヨナ:あげひばり(06-07SP)

この「あげひばり」を最初に見た時の衝撃は忘れられない。16歳シニア最初のシーズンとは到底信じられない表現力と完成度。最初の動き出しからもう出来上がっている。さらにはスピードに乗ったそのままで跳ぶジャンプの切れ味の鋭さ。美しく儚い表現と堂々たるジャンプのギャップが彼女独特のスタイルをつくっている。「あげひばり」で演じた他のスケーターを知らないが、この曲をシニア初参戦の選手に渡してしまうウィルソンの鬼畜っぷりというかセンスに脱帽。

⑤デュべ・デイヴィソン組:追憶(09-10FS)

個人的にサレー・ペルティエ組「ある愛の詩」、バーチュー・モイアー組「シェルブールの雨傘」と並ぶ、3大青春恋愛プロだと思っている(笑)。実力は十分にも関わらずジャンプのミスが多くなかなか結果を出しきれなかった二人だが、このバンクーバー五輪前のカナダナショナルはほぼノーミス。時々挟み込まれる、2人が異なる動きをする演出が、本当に映画のストーリーを見ているようで引き込まれる。特に2回連続のダブルアクセルを決めた後、二人が左右に交差しながら滑る動き。本当に一瞬のちょっとしたことなのだが、移ろいゆく繊細な心情を表現するようで、とにかく美しくて心を動かされる。

⑥ジェレミー・アボット:ライフ・イズ・ビューティフル(10-11FS)

アボットのことを一層好きになったプログラム。中盤のサーキュラーステップを初めて見た瞬間に完全に射抜かれた。スポーツなのだけど、踊りであり演劇であり、人間というものの表現であり・・まさにフィギュアスケートの醍醐味のようなステップ。
エンディングのコレオステップもドラマチックで、詳しい技の名前はわからないが・・音楽と素晴らしく合ったバックエントランスのキャメルポジション?からの膝付きの流れの美しさよ。

⑦高橋大輔:In the Garden of Souls(11-12SP)

高橋大輔のプログラムをウィルソンが振り付けると聞いてメチャクチャ期待して、披露されたプロがこの音楽・振付。音楽の引き出しの多いウィルソンならではだし、高橋大輔を目の前にしたら振付家はきっと色々と遊びたくなるのだと思う。VASというペルシャ人のボーカルとアメリカ人のパーカッショニストのグループの曲で、詳しくはわからないが、中東の伝統楽器や打楽器が効果的に登場する。音に細かく合わせたステップのスピード感(まるで1.5倍速で見ているかのよう)、切れ味、そして色気!こんなステップは他に見たことない。

⑧小塚崇彦:栄光からの脱出(12-13SP)

何度見ても涙が出そうになる、フィギュアスケートの正義のような演技。普段は感情があまり表に出るタイプではない印象だが、この後半のステップは渾身の表現。壮大な曲をこんな風にモノにして滑るんだと嬉しい驚きだった。ステップ終盤に自然と沸き起こる拍手。力強いスピンと終了後のガッツポーズまで含めて、これがフィギュアスケートなのだよとドヤ顔しながら紹介したくなる演技。

⑨キーラ・コルピ:亜麻色の髪の乙女(12-13SP)

このプログラムのノーミスの演技が映像に残されていることにただただ感謝。彼女にとってもマスターピースの一つではないだろうか。全編ため息が出るような美しさだが、ラストの早送り感のあるスピンと、不思議な臨場感のあるカメラワークが相まって、非常にドラマチックな雰囲気になっているのも見どころ。ただ繊細で美しい演技なだけでなく、きちんと3-3が入ったことでプログラムが締まり、かつ彼女独特の芯のある表現がとても素敵。

⑩三原舞依:恋は魔術師(22-23FS)

ウィルソンの手腕を感じる作品。終盤のステップが秀逸。靄がかった風景に徐々に光が差していくような美しさと、ぬめり感のある三原さんの滑りの融合。ストレートで活発な表現が多いステップシークエンスの中で、味わい深い異色の内容。TSLには「あまり合っていない、彼女にはジュリー・アンドリュースが朗らかに歌うようなプログラムが良い」と言われていて、その意見もわかるけれど、そういったプログラムだけでなく、ウィルソンの手引きによって芸術家のステップを進むためのプログラムだった。

11 伊藤みどり:My Way - Hymne À L'Amour

みどりさんはウィルソンの初期の顧客で、96年に現役復帰した際の「シンデレラ」もウィルソンの振付。今年の国際アダルト競技会でのプログラムは、そんなウィルソンのみどりさんへの愛情や敬意を感じる作品。女性的な美しさや可愛らしさ、レジェンドにふさわしい品格、そして彼女の大きな魅力である爛漫さ・ガッツを表すようなアクションを伴う振付。みどりさんの魅力をたくさん引き出していて(そしてみどりさんのスケートが上手い!)、見ていて自然と涙が出てくる。

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