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文 机

夫は何度の引越しにも必ず実家から持って来た古い文机を持ち運び、今回も愛車にその文机を積んで熱海へと出発した。

その文机は長い間ナレーション原稿を書いたりするのに使った愛用の机。

ひと月程して私は私鉄とJRを乗り継いで熱海まで様子を見に行った。熱海駅まで出迎えてくれた夫は改札の向こうでニコニコして手を上げた。

夫の運転で箱根をドライブし、富士屋ホテルでゆっくりと昼食をとった。毎日温泉に入れるしと、楽しそうに夫は話した。

その後最寄り駅まで送って貰い別れた。

それから少し経ち、夏なので窓を開けて私は自宅でのんびりと一人暮らしを楽しんでいた。

居間の窓に面した車庫の方を見ると、夫の車がいつもの様にバックで入って来た。

「お帰り」と言うと、夫は黙って居間の掃き出し窓から文机を部屋に運び込んだ。


その時何を話したか覚えていない、何も話さなかったかな?

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