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父さんと母さん

ぼくの父さんと母さんも70歳になり、いよいよ高齢という年代に入ってきた。おかげさまで元気に過ごしてくれているが住んでいる県はかなりの遠方だ。
ぼくは九州の最南端。親は北の雪深い小さな町。会えるのは年に1度あれば良いほうで、電話で話す機会も月に1~2度程度。こうした遠距離は親元を離れた18歳から計算すると四半世紀も続いている。
これまでは元気でいてくれているが、時に写真で見る父さんと母さんの姿は高齢化している。こんなに白髪あったかな?このまま遠距離でいいのかな…と。

今から10年前、父さんと母さんは九州に車で旅行に来てくれたことがある。父さんが定年となり時間もできたことで、2人で遊びにきてくれたのだ。ぼくは当時30歳前半、いい大人である。普通なら遠路はるばるきてくれたのだから「おもてなし」するのが大人のマナーなのかもしれないが、そうしたことはできず、父さんと母さんには「成長した息子」でなく「残念な息子」として映っていたのではないだろうか、と今になっても後悔していることがある。
あれは、市内の繁華街にあるしゃぶしゃぶ料理のお店に連れていったときの話だ。昼間にいくつか観光名所を案内し、錦江湾の見える山道ドライブを楽しんだあとに夜は外食しようとなった。僕はせっかく来てくれたのだから「美味しいものを食べさせてあげたい」と純粋に思った。少し遠いが以前に訪れたことがある繁華街のお店を選んだ。父さんは「そんな遠くなくても近場でいいよ」と言ったが、どうしても連れていきたかったので半ば強引に市電乗り場へと急かした。
途中、桜島の灰が気になったのかマスクをして辛そうにしている姿を見ても「あのしゃぶしゃぶを食べたら気分も一転するだろう」と呑気に構えていた。移動手段で利用した路面電車を珍しそうに乗っている両親を見て、ぼくは調子よく良い観光をさせている実感に酔っていた。

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