ブルースワット最終回Another Story─出発(たびだち)の前夜─
「サラが?」
鳴海翔の言葉に、シグは息を飲んだ。
「ああ。あいつ、俺と一緒に宇宙に出るって。スターフォートレスの改良を終わらせたセイジとスミレから聞いてぶったまげたよ」
翔、シグ、美杉沙羅、宇佐美星児、麻生すみれの5人でスペースマフィアを殲滅してからおよそ1ヶ月が過ぎた。
各々が自分の生活へ戻った中、広瀬剛としてこの地球で生きていく決意を固め人間となったシグは、毎日息子であるザジの病院へ通う日々を送っていた。明日、退院する彼と家族として暮らし始める。
そんな中、突然病院へ現れた翔から聞かされた思いもかけない事態。
持ち込んた主は明らかに困惑している。
それはそうだろう。
ゴールドプラチナムの遺志を継ぎ、宇宙へ戦いに打って出るのは自分だけと思っていたのだろうから。
「止めた……んですよね」
「当たり前だろ。住んでるマンション行って『んなのは俺ひとりで十分だ。かえって足でまといになるから辞めろ』って」
ロス市警で前線を張っていた彼女にそこまで言うのなら鉄拳のひとつでも飛んできそうなものだが、
「それでも?」
「ああ。気持ちは変わらない。明日、ポイント7で待ってるだと」
問いかけながら顔を盗み見る限り、頬が腫れている様子はない。
「一緒に行くんですか?」
「決めらんねぇからこうして相談に来てるんだろうがよ。───いいのかなぁ」
後頭部に両手を添えて、翔が宙を見上げた。
最後の言葉が、彼の本音だろう。
せっかく平和を取り戻したのだ。昔取った杵柄では無いけれど、警察官として働く道もあるだろう。
それに、一緒に戦っている間は意識していなかったが、適齢期の女性である沙羅には、ひとりの女性としての幸せもいずれ訪れるはずだ。
それらをすべて投げ打って終わりの見えない戦いに身を投じる──。
その決断の裏には、何が隠されているのだろうか?
浮かんだ疑問を口にすると、
「んなのわかりゃ苦労しないっての」
何とも翔らしい答えが返ってきた。これは訊ねもしてない反応だ。
「なぁ、シグから言ってくんない? 思い直せって」
「私がですか!?」
「あぁ。お前の言うことなら聞く気がするんだよ。宇宙での戦いの厳しさ知ってんだし。な?」
驚く自分にお構いなく手を合わせてくる翔に半ば苦笑いしつつ、彼女の真意を確かめなければとシグは思った。
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「あら? シグ」
翔に倣って彼女のマンションに赴いたシグを、驚いた声が迎えた。
訳知り顔でこちらを見た沙羅が一瞬小さく笑って、どうぞ、と室内へ通してくれる。
主がいるそこはすでに何も無く、翔の言う通りなのだと悟る。
「ごめんなさいね。おかまいも出来ないで」
部屋の中央に腰を下ろしたシグの前に缶コーヒーを置き、向かいに座った沙羅が、
「セイジかスミレちゃんに聞いたのね」
さっきの表情の答えですと言わんばかりに切り出した。
「いえ。私はショウに」
一瞬目を見開いた沙羅が、肩をすくめる。
「辞めるよう説得してくれとでも言われた?」
そこまでお見通しか。苦笑いをしながらうなずき、
「何故、です?」
率直に疑問をぶつけると、ちゃめっけのあった表情が少し寂しそうになって目を逸らす。
黙ったままの彼女の視線の先には、何が映っているのだろうか?
「ショウが宇宙に行くって聞いて──考えたの。これからどうしたらいいんだろう、って」
小さく息を吐いて、沙羅が言葉を紡ぐ。
「シグは広瀬剛としてザジと生きていく。セイジはプログラマーとしての未来がある。スミレちゃんは大学に戻って彼女の夢を追いかけていく。じゃあ、私は? って」
「サラ」
「警察官に、って言ってもロス市警時代のことがあるし、何より日本じゃ死んだことになってるじゃない? 地球は守った。でも、これから先の私の居場所はここじゃないんじゃないかって」
『どこまで行けばあるんだろ』
『自分の本当の居場所ですか』
すみれが自分らの正体に気づく前だったか。エイリアンに殺された彼女の仇を討った青年の後ろ姿を見た沙羅と、そんなやりとりをしたのを思い出す。
「プラチナムが単独でハイパーショウになる能力を授けたのは、彼に『次なる自分』になって欲しかったんだと思うの。そして、ショウはその遺志を継いだ。居場所を追われ、彷徨っているであろう宇宙人のために。なら、私も彼を助けて戦おう。そこがきっと、私の居るべき場所なんだって」
本来なら、スペーススワットの生き残りであるシグが負うべき責務だ。なのに、宇宙人であった自分が人間となって地球に残り、ここに居るべき彼らが宇宙へ発とうとしている。
申し訳ない気持ちが込み上げる。が、シグ自身が決めた道だ。謝ったら逆に失礼な気がして、
「後悔、しませんか?」
思いを押し殺し投げかける。すると、
「──地球に残ると決めたあなたと同じよ。ま、ショウはどう思ってるかわからないけど」
最後はいつものように軽口を叩きながら、沙羅が晴れやかな笑顔を向けてきた。
(……すみません、ショウ)
自身の身体の変化に戸惑いながらもザジへ芽生えた父性が勝ち、シグは地球に残る決断をした。
それを全く後悔することのない自分と同じと言われてしまったら、止められるはずないではないか。
そして。
沙羅もわかっているのだ。プラチナムの遺志を継ぐと決めた翔にも、後悔の念など全く無いことを。
「わかりました。ショウには私からもあなたの気持ちが変わらなかったと伝えておきます」
翔の名前を出した瞬間、沙羅の顔が少しこわばったように見えた。
だが、すぐに安堵したような笑みに変わる。
「…………ありがとう、シグ」
「ショウを頼みます。他者のために周りを見ずに突っ走ることが多々ありますから」
「そうね。本っ当に」
ため息混じりにつぶやく沙羅に同意の笑みを見せて立ち上がる。
「気をつけて」
「ええ。シグも元気でね」
沙羅が差し出した手を強く握り外へ出ると、少し先の曲がり角の電柱にスラッとした人影が、ひとつ。
「ショウ」
街灯に照らされる翔の表情には、どこか諦めの気持ちが浮かんでいる。
「わかっていたんでしょう?」
「何が」
「サラの気持ちは変えられないことを」
肩をすくめる翔の無言の答えは「YES」だ。
見ればわかる。
スペースマフィアを追い地球へ来て、広瀬にインヴェードしたすぐ後のことだ。
初めて鏡に映して見た自分の目は、終わりの見えない戦いに身を投じる決心に満ちていた。
翔と沙羅。今のふたりの目は、かつての自分のそれと同じ輝きなのだから。
「──で、決めたんですか?」
「何を」
「皆まで言わせないでください。もう答えは出ているはずですよ」
決まりの悪そうな顔をして、翔がシグに背を向ける。
「…………一緒に行きますか」
空を見上げて、翔が覚悟を決めたように声を張る。
正直言うと、沙羅とは別の意味で心配だったので、二人で発つと聞いて安心している自分もいる。
どんなに翔が楽観的であっても、慣れない環境での戦いが続く以上、いつか孤独に苛まれる日が来る。
地球に降り立つ前、仲間を喪い独りでエイリアンを追い、戦っていた自分のように。
些細なことで兄妹喧嘩のようなこぜり合いを繰り返す二人だ。ある意味凸凹なコンビになりそうだが、これ以上の心配は無用だろう。
「ショウ」
「ん?」
「サラを頼みます。彼女は」
「わかってるって。意外と脆いとこあるもんな」
いつもと変わらぬ調子で口の端を上げた翔の顔は、さっき見た沙羅と同じで晴れやかだった────。
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「…………パパ?」
ザジの声が、スターフォートレスが飛び立った空を見上げていたシグの意識を引き戻す。
「どうしたの?」
ジスプにインヴェードされていた間の彼の記憶は何も無い。
いや、事故に遭ってから眠り続けていた彼は、これから社会に適応するために日々を重ねていかなければならない。
やることの多さに親子で戸惑い、くじけそうになることもあるだろう。
そんな日が来たら、話そう。
自分と共に、地球に平和を取り戻した仲間たちとの戦いの日々を。
「いや。行こうか」
「うん」
笑顔で頷くザジの肩に手を添え、シグはゆっくり歩き出した。
THE END
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