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魂のふるえる場所 Ⅷ Ψ ♾ 古代遺跡のその奥に No.45

チャンプアンとは、古代ジャワ語、バリ語で "混ざる" という意味のチャンプー(Campuh)に由来し、二つの川が合流する場所のことを指します。
だから同じ地名の場所はバリ島には幾つもありますが、タンバクシリンのチャンプアンの景色はまた格別です。パクリサン川を挟む渓谷の急斜面は可愛いらしい小さな棚田でびっしりと埋め尽くされ、つづら折りの畦の所々に葉っぱや竹で組んだ休憩小屋ポンドック が建ち、まるでお伽話の中に迷い込んだかのような美しい風景が谷底まで続いています。
海から遠く離れたタンバクシリンでは火葬の灰はここから流され、村人にとっての聖域としてもとても大切にされています。

「ねえ、マデ、チャンプアンまで散歩に行かない? 沐浴マンディー もしたいしさ。」

「えーーっ、足が痛くて、ムリ・・・」

うわっ、確かに、痛そ〜〜
マデはさっきの踊りの稽古で真っ赤にスリ剥けた足の甲を情けない顔でそぉっとさすっていました。


「あ〜ぁ、・・・でも、お腹空いたでしょ? バクソーおご ったげるよ!」

バクソーと聞いてマデはニコッとして立ち上がりました。

分かりやすっw!

バクソーとはインドネシア人にとってソウルフードと言っても良いお馴染みの屋台の味、
見た目はおでんのツミレみたいに地味なのですが、塩だしスープにタピオカなどで練り合わせた肉だんごがたっぷり入ってこれがめっちゃ美味い、マデの大好物なのです。


村の集会場バレ・バンジャール を通り過ぎ、市場パサール のある十字路手前にいつものバクソー屋台がちょうど店を開けたところでした。

早速注文して待っている間に、マデはその向かいの惣菜屋ワルン を指差して、
「あそこのナシゴレン(インドネシア風炒飯) も食べてみなよ。めちゃくちゃ美味いんだから。」と教えてくれました。

よし、マデのオススメなら食べてみよっと。

かまどの上の馬鹿デカい鉄鍋で手際良く炒めたご飯をバナナの葉っぱに載せてもらい、その場でハフハフ言いながら手掴みで頬張ります。

伝統的テイクアウトご飯?
エヘヘ、何かこっそり買い食いする中学的生気分〜w🎶

腹ごしらえを済ませ、表通りを渡ります。

そのまま市場の脇を突っ切ってしばらく行くと家並みが途絶え、そこからはいきなり極端なデコボコ道になります。

坂を下り、細い草むらの一本道を登り切った所で視界がぱーっと開けて、のどかな田園風景が広がりました。

マデは畦の段差に寄りかかって、引きずっていたサンダルを痛そうに脱ぎました。


「ぼく、ここで待ってるからさ、沐浴マンディー しに行って来ていいよ。」


なんですとーーーっっっ? 

チャンプアンはこの先の道のりがまだまだ長いのに、ここでじっと待ってるだなんて、
そんなの、一緒に来た意味ないじゃーん。

右手にはチャンプアンへと続く急な下り坂、左手には棚田の中に歩きやすそうな小道が続いています。

「そう言えばこのあいだイブが、この道を行くと多分グヌン・カウィに抜けられるって言ってたよ。」

「へぇ、そうなの? ぼく通ったことないや。」

「じゃ、チャンプアンはやめにして、この道、探検してみる? そしたらグヌン・カウィ辺りで沐浴マンディー でもいいや!」

てなわけで予定変更、すべては神さまの思し召しのまま、のんび〜りライステラス散策コースを楽しむことにしました。
 

青々と波打つ若い稲、風にそよぐヤシの葉、木立の間に谷の向こう側のライステラスが見え隠れしています。

爽やかな風を胸いっぱい苦しいほどに吸い込みました。


うーーん、わけもなく幸せだ〜〜💖💕

「どうしたんだろ? ぼく、眠いわけでもないのに寝呆けてるみたいな、夢の中を歩いてるみたいな、変な感じ・・・」

そう言いながらマデはしゃがみ込み、道の脇を流れる小川の水をすくって顔をジャブジャブ洗いました。

マデの足元に星の形をした可愛らしい白い野の花が揺れています。


ん? ・・・強烈な既視感デジャヴだ!

そう言えば初めてタンバクシリン村を訪れた日も、この感じ、

軽い目眩めまいにも似た、

望遠鏡を逆さに覗き込んでいるみたいな、

過去か未来か分からない遠い時間、

足は確かに地面を踏んでいるのに、雲の上に乗って滑って行くみたいな・・・


そのままフワフワした足取りで小川に沿って歩いて行くと、じきにイブの言った通りグヌン・カウィ遺跡の長い階段の中ほどに突き当たりました。

「えっ、近い!!」

表通りからの道のりに比べてあまりの近さに驚いてしまいました。

巨石をくり抜いた門をくぐり抜け、階段の一番下まで降りると、橋のたもとにヒマそうに立っていたお爺さんが急に恐い顔で立ちはだかりました。

「おいっ、帯はどうしたんだ!」

「お寺には入りません。沐浴マンディー しに来ただけだから。」とマデが答えると、
「そうかそうか、それならどうぞ。」とニッコリ笑って通してくれました。

あぁ、ビックリした〜💦

この小さな橋を渡った正面にある寺院に入るには正装するか、簡易の正装としての帯だけは巻かなければならないのです。

私は屋敷寺 サンガーで今朝お祈りスンバヤン した時のまま腰布 カインも帯も締めていましたが、マデはTシャツとサーフパンツでしたから。

お寺の塀の終わりの所で、もう一度遠くからお爺さんの大きな怒鳴り声がして振り向きました。

「おーい、沐浴マンディー するならその辺がいいぞ、そこでしなさい!」と指差しています。

恐いけど、優しい。(笑)

左手の木立の下で水遊びではしゃぐ子供たちの笑い声が響いています。

「ありがとう。ちょっと散歩してからにしまーす!」と、私は手を振りました。

右手の一段高くなった四角い広場の奥には、岩肌に彫られた巨大な仏塔チャンディー が5基、聳えています。

あぁ、忘れもしない、日本に帰ってからナムはこの遺跡が建造された当時の風景を鮮明に見せてくれた、その場所です。

あの時ナムは、『さらに時を遡る超古代、この川のもう少し上流の川床から突然もの凄い勢いで水が噴き出したことがあり・・・』と、話を続けたのでした。

・・・ん? 待てよ、

そこまではっきり説明してくれていたにも関わらず、そう言えば何故今までこの先を一度も探検しようと思わなかったんだろう?

"時" は直線状に流れているわけではない、
箱の中から自分の好きな順に出来事を取り出すようなもの、
そんな風に教えてくれたナムならば多分、
『これはとっておきの楽しみにとっておいた』・・・とでも言いそうですが。

でも、いつだったかイブに尋ねた時には、グヌン・カウィより奥には道は無いと聞いた覚えがあります。

確かにここから先には道らしい道は無さそうです。川べりまで迫る急斜面に所狭しと区切られたライステラスが続いているだけで、その先も川が蛇行しているのでどうなっているのか見えません。

それでもいいから、行かれるだけ行ってみたい・・・

そんなことをブツブツ独り言のように呟いていると、道が途切れたた先で、マデが猫の額ほどの田んぼから田んぼへと細い畦を登ったり下ったり、もう先へとスタスタ歩き出していました。

あれ? 足が痛いんじゃなかったっけ?

私も急いでマデの後について行きます。


つづく

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木倶知のりこ 著書:●絵本『小箱のなかのビッグバン』 *・* ・*●『ナム "RNAM" 時空を超える光と水の旅』

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