魂のふるえる場所 Ⅹ Ψ ♾ 脳内映画のワンシーン No.47
「あぁ、これ、泉の水の出口だ!」
マデに言われて、やっと気づきました。
グヌン・カウィ遺跡のように壁から筒が飛び出しているタイプの形ではなく、大砲台のように両側から支えて固定するための石の台座に納まっていたので、分からなかったのです。
「じゃ、ここに昔、泉があった、・・・ってこと?」
「・・・ってことだよね。」
その場所からさらに一段下がった土手の下を覗き込むと、土から顔を出した大きな岩の下に突き刺した何本かの竹筒の先から勢い良く湧き水が川へと注ぎ込んでいます。
もしかして私たちが乗っている地面の下には巨大な岩が埋まっていて、その下から水が湧き出している、とか?
対岸は切り立った崖、上流に向かってその奥は鬱蒼としたジャングル、歩けるのはどうやらここまでが限界のようです。
マデはくるりと向き直ると、また祠の方へと上って行きました。
私は苔むした石組みの上に手を置いて、しばらくその場を離れられなくなっていました。
この石組みと、泉の水の出口の石では、時代が違うように思えます。
ここにも幾つもの歴史が重なっているのかもしれません。
どれぐらい時間が経ったでしょうか。
振り向くと、マデが祠の入り口の先で空を見上げていました。
「ねぇ、昔はこの石組みの穴からも水が噴き出していたのかも・・・」
声を掛けたけど、反応がありません。
聞こえなかったのかな?
もう一度、もっと大きな声で呼び掛けましたが、まったく反応ナシ。
もう一度、今度はもう思いっきり大声で呼ぶと、はっと我に返ったように振り向きました。が、キョトンと狐につままれたような顔で、「ぼく、耳、変・・・」 そう言ったきり、またぼんやりと空を見上げています。
いったいどうしちゃったの?
マデのそばまで上って行きました。
「耳がおかしい・・・」
こういうのを "鳩が豆鉄砲を喰らった顔" というのでしょう。
「凄く変なんだ・・・だってさ、ここに立ってると、水の音とか小鳥の声とかがいきなり聞こえてくるの、ほらっ、聞こえる? でね、こっち向くと、ほらね、何にも聞こえない・・・」 と、顔をあっちに向けたり、こっちに向けたり。
耳を澄ませたけれど、何も聞こえません。
「何にも聞こえないじゃない。」
「いや、聞こえるってば、・・・ほらぁ、あんなにはっきり、」
「気のせいなんじゃ、」と、言いかけて、口をつぐみました。
崖に覆い被さる茂みの上の方から、今、確かに水の音が一瞬聞こえたような、
と、思ったら、ふっと消え・・・
「この崖の上の方でバナナの葉っぱか何かが風で擦れてるとか? 」
「いや、風なんて吹いてないし、それにあれは水が勢い良く落ちて石か何かに当たっているような音だよ。」
うーん、確かにね・・・
私たちは崖の茂みを見上げて耳をそば立てました。
この上の方にも別の水源があるのでしょうか?
確かめたい気持ちに駆られました。が、この切り立った崖です。
その時、背後のジャングルの奥の方からミシミシミシッと音を立てて、何かもの凄く大きなものが近づいて来る気配が!
ぬぼーっと現れたのは、鎌を片手に身の丈の倍はありそうな薪の束を頭の上に載せた真っ黒に日に焼けた男の人が驚いた様子で立っています。ギョロギョロした目で異様なほど黒光りする顔、裸足のまんまの黒い足・・・
私たちもびっくりしたけど、彼も何でこんな所に人が居るんだといった狼狽えたような目をして、でもすぐにバリ人らしい人懐こい笑顔に戻ると、二言三言、お互いに何気ない挨拶を交わすと、私たちの脇を通り過ぎて崖の上へとさっさと登って行きました。
え、この崖って、登って行けるの⁉️
男の人の姿が消えても、私たちはしばらくポカンとして突っ立っていました。
なんでせっかく人に会ったのに、祠や泉のこととか尋ねなかったの〜?!
もう、今さらしょうがない。 とにかく行ってみよう! と、私たちもさっそく崖を登り始めました。
しかし、これ、道と呼べるのか? いや、呼べないだろ、
掴まり所を探し探し、殆ど這いつくばうようにしなければ登れません。
さっきの真っ黒な人は大きな薪の束を頭に載せてさっさと登って行ったんじゃなかったっけ?
バリ人とは何て人たちなんだ?
それともなければあれは幻で、実は森の獣か精霊か何かが道案内のために人間に化けて通り過ぎて行ったのだったり?
バリ人たちの噂話に、いかにも出て来そうな話ではあるけれど。
私が四苦八苦しながら追いついて来るのを待って、マデは対岸の方を見上げていました。
「ねぇ、凄いよ。こんなに高い崖に囲まれてたんだ! グヌン・カウィの方と景色が全然違うね。」
顔を上げ、あらためて辺りを見回して、言葉を失いました。
切り立つ剥き出しの岩の断崖にぐるりと円く取り囲まれて、・・・この景色、
脳内映画の中に出てきた『緑の滝壺』の景色にあまりにも良く似てる、あまりにも・・・
ただ一つ違うのは、滝が無い、それを除けば、頭の中に何度も何度も思い浮かべていた景色そのまんま!
でも、そんな馬鹿な。だって、あれはあくまでも物語のワンシーンのはず。
マデは崖の頂上から差し込む光を眩しそうに目を細めて見上げていました。
「ねぇねぇ、何だかこの地形って滝みたいじゃない?・・・ほら、あそこの岩の抉れた所から、あっちの祠の方に向かって一気にさ、・・・ねっ、どう見ても滝だったとしか思えないよ。」
おーっと、またしても何も知らないはずのマデの超激ヤバ際どい発言が‼️
私は文字通り崖っぷちに立たされて、今にも滝壺に吸い込まれて落ちていきそうな気分に・・・
「うん、いや、そんなまさか、え、でも近い、あぁ、すごく近い、だけど💦💦💦」
自分でも殆どわけの分からないことをうわ言のように口走りながら、マデの後に付いて険しい崖をさらに登って行きます。
左側は殆ど垂直にそそり立つ岩の壁、右側の崖下のずっと向こうの茂みの陰に祠、そのさらに土手の下に流れる川の音はだいぶ遠ざかっています。
足元は人一人がやっと通れるほどの幅の危なっかしい坂の途中で、マデがまた立ち止まりました。
「あれっ?」 低い声でそう言って、背中を向けたままじぃっとしています。
「今度は、なに?」
マデは眉間に皺を寄せて私の方をちらっと見ると、岩肌の一点を指差しました。
「ここ・・・」
「だから、なんなの?」
ひどく困惑したような顔でこちらに向き直り、そのまま少し後退りすると、私を手招きしました。
つづく
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木倶知のりこ 著書:●絵本『小箱のなかのビッグバン』 *・* ・*●『ナム "RNAM" 時空を超える光と水の旅』
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