【2】世界一のお弁当

初めて父が持たせてくれた手作り弁当を、優子は今も鮮明に覚えている。

それは小学校3年生の遠足の時。

仕事をしながら家事もこなし、男手ひとつで優子を育ててくれた父だったが、料理だけは大の苦手だった。
焦げかけのおかずと、毎日柔らかさの変わるご飯を、父と優子で感想を言い合いながら食べるのが日常だった。

そんな父がはじめて作った弁当は、詰め方も不器用で、味も濃いけれど、優子にとっては世界一おいしいお弁当に違いなかった。

やがて優子は地元の公立高校へ進んだ。
成績的にはさらに上の高校も目指せたが、その高校であれば自転車で通学できる。だから優子はそこを選んだ。

高校生になってはじめてのお昼休み。
一通り顔合わせ行事も済んで、なんとなく一緒に行動するようになったクラスメイトと机を向かい合わせて昼食を食べる。

中学までは給食があったので、優子は久しぶりのお弁当だ。

あの時のような世界一おいしいお弁当を優子は楽しみにしていた。しかし、

「え、優子のお弁当なにそれ」「雑すぎでしょうける!(笑)」

フタを開けた瞬間の笑い声。
他の子のお弁当を見ると、色とりどりのおかずがカラフルに盛り付けられている。
父の作ったお弁当はシンプルで、はじめてのお弁当と同じものが詰められていた。

優子はお弁当のフタを閉じ、「持ってくるお弁当間違えちゃったかも」と笑って誤魔化しながら教室を出た。

その日は屋上へ繋がる踊場で一人でお弁当を食べた。
世界一おいしいお弁当なのに、涙がこぼれて食べきれなかった。

「明日からお弁当いらないから」

優子が帰宅して最初の言葉がそれだった。
父は優子に何を聞くでもなくただ一言「ごめんな」とだけ呟いて、あとは何も言わなかった。

あの頃より父の背中は小さくなっていた。

それ以降、優子と父は家の中でもあまり話さなくなった。
優子は帰る時間も不規則になり、二人が一緒に食卓を囲むことも無くなった。

「私、東京に行くから」

台所でいつものようにお米を研ぐ父の背中に、優子が言った。
父の返答が無く、気まずい空気のなか優子が続ける。

「生活費はアルバイトで貯めたお金結構あるし、向こうにも一応友達何人か居るし、向こうでちゃんと一人で暮らせるように色々調べて、いっぱい働くし、あ、仕送りとか私からちゃんとするから、…えっと……」

言葉に詰まる。
父とどんな風に話せばいいか、何を話せばいいか、分からなかった。

「そうか。頑張れ。」

小さな背中から、父の少し掠れた声が聞こえた。

東京は遠い。

宇宙はここから100kmのすぐそこにあるのに、東京はもっと遠くにある。

優子はなんだかこれが父との別れな気がした。


あっという間に優子が東京に行く日が来た。

父が車で優子を空港まで送ってくれた。
昔ほどペラペラとは喋らないながらも、車中で他愛ない話も久しぶりにした。
毎日一緒に晩御飯を食べたあの頃の気分が少しだけ蘇る。

空港に着くと、飛行機の出発時間まで、もうあまり時間がなかった。


「ごめんな、優子」


車のトランクからキャリーケースを取り出しながら、父が言った。

「全然。送ってくれてありがと。」

「優子、これ飛行機で食え」
父が小さな手提げを優子に差し出した。

「え、うん、ありがと。いってきます。」
「またな」

優子はそれを受け取ると、挨拶もそこそこに空港へと急ぎ足で向かっていった。

飛行機の機内でやっと一息ついた優子は、父が機内で食べろと渡してくれた手提げを開けた。
中には見覚えのあるお弁当箱。

優子がフタを開けると、それは不器用で味が濃くて、詰め方も質素だけれど、優子の大好きな父が作った"世界一おいしいお弁当"だった。

父に、私は何もしてあげられなかった。
男手ひとつで私を育ててくれた父の苦労は、私が一番分かっていたはずなのに。それなのに、こんな娘に———

優子は必死に涙を堪えながらそれを食べた。
空っぽになったお弁当箱は、あの頃よりも小さく見えた。


最後に父が持たせてくれた手作り弁当を、優子は今も鮮明に覚えている。
それは世界一おいしくて、もうそれを食べることはできない。

我が子にお弁当を作るたび、優子は遥か昔に食べたその味を鮮明に思い出すのだ。


ここで問題です。

お父さんがいつも優子に作ってくれたお弁当の中身は何だったでしょうか!

(※ヒント お父さんが優子に作ってくれたお弁当は全部同じ中身)



↓答え↓




↓答え↓



答え・サンドイッチ
解説・三回とも同じお弁当なので"三度一致"でサンドイッチ

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