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穏やかな関係を - 2

健全を前提に会うつもりだが、前日の夜はなんとなく準備を整えて、自分の好きなボディクリームを身体に塗って香りを纏った。朝を迎えてもなお甘い香りを保ちつつ、待ち合わせの場所へ向かう。

寝坊したと慌てる彼だったが、先に着いたと連絡が来る。待ち合わせ場所で少し待っていてもらうことにする。

電車を降りて向かう途中、ふと脳裏によぎる。『会ったら抱き締めてやる』という言葉。なんだか、してやられる前にやってやりたい気持ち。待ち合わせ場所にはスマホに視線を落として、こちらには気付いていない彼の姿。珍しく悪戯心が働いて、驚かせてやろうと企てる。そろりそろりと近づいて、直前で少し助走を付けて、体当たりするみたいに勢いよく抱きついた。

驚いているのに、ひどく照れ臭そうな彼の顔はきっと忘れないだろう。抱き締めてやると意気込んでいたのに先手を打たれて、しどろもどろになりながら笑う顔を見て妙に満足して、けらけらと声をあげて笑ってしまった。

彼の左隣で歩き出してすぐ「右隣にいてくれる方が歩きやすい」と言うから、右隣に移動する。歩くとか、手を繋ぐとか、その人にとって落ち着く位置とか角度があるよねと思い納得しつつ、そのまま右隣に移動し並んで歩く。ちょっと銀行へ寄りたいと伝えて、エスカレーターを降りる。

先に踏み出してゆっくり降り始めた瞬間に、後ろから抱き締められた。不意打ちで、さっきの仕返しをされたと思いつつ、お互いの緊張感が伝わる、ちょっとぎこちない抱擁。

エスカレーターを降りてすぐ、その抱擁を解いた流れて手を繋ごうと思ったが銀行がすぐそばにあったのでタイミングを失う。

銀行から出てきてから、また手を繋ごうと思うも自分から繋ぐのも照れくさく、空を切る左手。距離感を計りあぐねつつ、そのまま歩く。「歩くの早いんだ」という彼に「そうなんだと」相槌を打ちつつ、彼よりも早歩きだったのは後から思えば照れ隠しだったんだろう。そんなにもともと歩くのが早い方じゃないし、歩き慣れた靴でもなかったのにね。

まだお昼ご飯には早い時間。一緒に予定していた大型書店が入ったデパートへ。またしてもエスカレーターで抱き締められて照れ臭くなる。恥ずかしいのと嬉しいのと、緊張とで余裕がないことを改めて自覚した。

あまり公然の場で抱き締められた経験がないからだな、なんて自分で過去を振り返り、気持ちを落ち着かせつつ、目的の書店へ到着。

一緒にふらふらとあてもなく眺めつつ、生物コーナーに留まる。私が爬虫類や両生類が好きで寄ったけれど彼も好きだって知らなかった。しばらく興味惹かれる本を眺めてから、またふらふら。 

平積みされた占いの本を眺めつつ、占いが好きな事も知った。そんな可愛いところがあるんだなと隠れて小さく笑い、お互いの誕生日や星座の本を手に取る。私の誕生日の本には転機や再生を示すような言葉が並んでいて、合ってるねと揃って笑う。

その後は変わった温泉の本を見つけて手に取るも下ネタ満載の本でふたりで大笑い。続編もあったが、一冊目の方がインパクトが強くてやっぱり最初のインパクトは超えるの難しいねえ、なんて。

そうやって店内でゆっくり過ごすうち、お昼に行こうと決めていたお店の開店時間が近づいていることに気付いて退店。

エスカレーターで抱き締められる度に最初の時より緊張が薄れて、慣れたのかその行為に安心しているのかよくわからなくなった。未だに手は繋げないのに、ね。

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