暴力的な

この電車が海に突っ込んでいったらいいのに。
窓の外を見ながらふとそう思った。夕方の、水色がかった雲をぼんやり眺めていたからだろうか。
頭ごと突っ込んで私を含めた乗客全員、水死すればいい。理由なんていらない。制服姿の女子高生も、うつらうつらしているサラリーマンも、みんなまとめて死ねばいい。私も同じように死ねばいい。そんな暴力的で誰ひとり幸せにならない考えを持ったまま電車に揺られている。
手元のスマホを見つめる。面積100センチ平方メートルにも満たないこの小さな長方形に、人はどれだけ踊らされているのだろう。こんなもの、目の前のどうでもいい乗客に投げつけて粉々にしてしまいたい。
駅に着いた。荷物を持ち電車を降りる。改札へと向かっている間ですら思考は悪い方へ悪い方へと渦巻いていく。
死にたい、死ねばいい、死にたい、死ねばいい…。
うるさいうるさいうるさい。黙れやめろ。
これじゃだめだ。コスメでも見てテンションをあげようと近くのドラッグストアに入った。
最近人気のクッションファンデ、新発売のリップ、大人っぽい色味のマニキュア…。あ、
これ可愛い。
単色アイシャドウだった。偏光ラメ入りの淡いパープルに目を奪われる。値段を見ると680円だった。安いし買おうかな。これすごくすごく欲し…
ハッと手を引っ込めた。違う、この欲しいは…。
ダメだダメだダメだ。わかっていても私は再度手を伸ばしてしまう。やってはいけない、やってはならない。それなのにアイシャドウを手に取り、ズボンのポケットへといれてしまった。
せめて、せめて戻さなきゃ……。
戻さなきゃ?戻すところを誰かに見られたらどうするの?警察呼ばれてもいいの?せっかくバレずに盗ったんだから、ちゃんと持って帰りなさいよ。
知らない声が耳元で囁く。
気持ち悪い。この声を聞くといつも頭が割れそうな程に痛くなる。気がつくと店の外に出ていた。ポケットに入ったアイシャドウの存在を嫌になるくらい感じる。
またやってしまった。
万引き癖がつくようになってしまったのはいつからだろう。陳列された商品をただ何となく見ているだけなのに、今すぐ自分のものにしたいという気持ちが先走る瞬間がある。いつもではない。ただこの衝動が一度来てしまうとどう頑張っても自分でセーブができないのだ。抗おうとするとさっきのように知らない声が耳元で囁いてきて、気がつくと商品を手に店を出ている。お金もそれなりにお財布に入っているし、手持ちがなかったとしても万引きしてまで手に入れたいものなんてないのに。
病気かもしれない。何度も疑った。けれど病院に行く勇気がなくいつまでも二の足を踏んでいる。怒られたらどうしよう、捕まったらどうしよう、無意識にやってしまってるなんて信じてもらえるのか。
不思議なことに今までバレたことは一度もない。声をかけられたことも肩を叩かれたこともないし家に警察が来たこともない。いっそバレてしまえばいいのにと思いつつも、いざ誰にも声をかけられないまま家までたどり着くとホッとしてしまう。

部屋に入ると真っ先にアイシャドウを捨てた。盗った物を使う気にはなれずいつも同じ袋に捨てている。もうかなりいっぱいになってきた。大して興味のない歴史小説、キャラクター物のえんぴつ、ハートの飾りがついたイヤリング…。涙がこぼれそうになる。ごめんなさい、私なんかが見つけてしまってごめんなさい。そしたらこんなことにならなかったのに。お金を払って買おうとしたちゃんとした人のところに届いたはずなのに。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
いつもそうだ。いつもそうやって私は取り返しのつかないことを何度も何度も繰り返す。その度に後悔するのにまたやってしまう。クズだ。
消えたい、消えたい、消えてしまいたい。罪悪感で胸が苦しい。私なんかが生きる理由が、価値が、意味がどこにあるのだろうか。
ならばさっさと死ねばいい。ガソリンを部屋中にばらまいて火を放つとか、手首を切ってお湯の中に沈めるとか、照明に紐を括りつけて首を吊るとか。
できない。できないくせに生きることを拒む。拒み続ける。生きるに値しない行為ばかりしてしまう。最低だ最低だ最低だ。
クズなくせに臆病で、肥大した自尊心を抱えて自己嫌悪の中で生きている。
こんな生き方しかできないのか。こんな生き方しかできなかったのか。なぜ、なぜ、なぜ。
夜が深まる。闇をたたえる。何もかもを受け入れる準備をひっそりと始めてくれている。ああ酷い。誰か、誰か、誰か。
カーテンが落ちる。小さな悲鳴が聞こえる。この世のどこかで誰かは死んでいるのに、どうして、どうしてわたしは。

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