到達不能公園#2


「そんで、相生先生の出欠には間に合ったの」
「いや出欠は無かったんだけどさ。話はそこじゃないんだよ」
「無かったんかい」

我らが胸を張って通う玄鴨大学(げんおうだいがく)のチンケな学食も昼休憩の時間は猥雑な喧噪が飛び交い、学校の近所の爺さんやら用務員のおばさんも交えて大賑わいだ。我々の学費で賄われている驚異的な安さの学食が外部からの来訪者によって不当に堪能されてしまっている点についてはまた今度話すことにする。

その片隅の、学食全体でわずか4つしかない貴重な2人がけの席で(要は、二人一組が四組まで座れるということだ)俺はうっすいカマボコが一切ればかし乗っかった黄そばにコショウをバシバシかけたやつをプラ箸で手繰りながら、同級生のヨシダくんと向かい合って話をしていた。

彼……ヨシダくんは、やたらに衣がザクザクしているわりには肉の気配がしない一口大のカツが三切ればかし乗っかったカツカレーに、その上から学内コンビニで買った串刺しの唐揚げを串から外してぶちまけた彼独自の"キメラカレー"をてらいなく頬張りながら、俺の話をどうでもよさげにあしらった。彼はこういうとき本当に話題の振り甲斐がない、付き合いを持つ上でクソみたいなやつだが昼休みに捕まったのが彼しかいなかったため、とりあえず彼に話を振るしかなかった。

「いやさ、家とか畑ならスルーするよ。俺も。どうでもいいもん。よその家の立地とか」
「うん。それはそう。僕もどうでもいい」
なんならお前の話もどうでもいい。と続けんばかりのヨシダくんにムカつきながらも彼が食べ終わる前にどうにかしてこの違和感を、それに対する興味を共有せんと続けざまにあの公園の異常性を語った。彼はおおよそのポジティブな概念に対する不適合者なので、"体験の共有"という円滑な対人コミュニケーションにおいて大きな役割を持つ働きかけをしようものなら、間違いなく食べ終わった瞬間に話を切り上げて席を立つに違いないのだ。

「公園だよ?公園。誰が入ってもいい場所じゃん。そこが誰も入れないんだよ」
「いや、公園つったじゃん。じゃあ入れるじゃん」
「入れないっていうか…"行けない"のね。その公園」
頭の片隅に引っかかっていたその公園について実は授業中にスマートフォンでこっそり調べていた。相生教授の目をかい潜って得たその成果を画面に映したままカレーとヨシダくんの顔面の間にスマホを挟み込んでやった。

「どう?これ」
「邪魔だけど」
「画面への感想を聞きたいんよ」
「微妙に割れてない?」
「画面の内容ね」

こういう的を外した返答をヨシダくんはよくやるが、わざとなのだろうか。わざとだとして、面白いと思っているのだろうか。
面白いと思ってわざとやっているならこんな苛立ちしか覚えない口の利き方にユーモアを見出す時点で彼の社交センスは致命的に損なわれていることになるし、純粋に俺に不快感を与える目的でやっているならそんなことを意識的に心掛けるようなやつは根性が腐りきっているし、無自覚にこう振る舞っているならそれはただ単に先天的なコミュニケーション能力不全だ。なんであれ、ヨシダくんに救いようがないことは確かだった。
彼が社会を拒絶するのか、はたまた社会が彼を拒絶するのかは知らないが、近い将来苦労することだろう。

彼の行く末をお情け程度に憂慮してやりつつ、社交不自由者のヨシダくんでもわかるように細かく重箱の隅を埋めながらこちらの望むリアクションを引き出していく。

「マップだね。グーグルの……」
「そう!グーグルマップで路線をなぞってさ、航空写真モードで公園があった辺りを見てたんだけどね」
「へー……授業中に?」
「お前にその辺りを追及されるいわれは無いから。んで、まあ見つけたんだけどさ。公園」
「よかったじゃん。経路案内で行けば?」
「だから行けないっつってんの。見てみ」

ヨシダくんをいい加減に黙らせるべく、画面を彼の覇気のない顔面に向けつつも、航空写真でかろうじて山の草木の合間から、低画質ながらもなんらかの敷地があることを伺わせるその該当箇所を強めにタップした。

「……んん?これが、公園の名前?」
「んなわけなぁい」

画面には、『指定した地点』とだけ表示されていた。

「ピン留めした場所がGoogleに登録されてないとこう表示されるんだよ。住所とか、番地すらないとこうなる」
「山の中だし、そりゃあないんじゃないの」
「山の中の"公園"に無いんだぜ。名前も、番地も…極めつけには、この公園にピン留めした状態で経路を検索しても…この通り」

いい加減にカレーとヨシダくんの間からは離したが、それでも彼のほうに画面を向けながらチョイチョイと画面を操作し、とりあえず現在地からその公園への経路検索を実行したところ、画面には『経路が見つかりません』という文字と白抜きのエクスクラメーションマークを赤い三角形で囲んだ、直感的にエラーを伝えるメッセージがそっけなく表示された。

「これ、は……」
「わかる?行けないんだよ。経路が絶対に出てこない。ここじゃなくて公園がある山の最寄り駅からでも、山のふもとからでも絶対に行けない。必ずこうなる。この公園のすぐ隣の地点を出発点にしても行けない」
「……はあ。これは、まあ…不思議だね」
「だろ」

やった。ヨシダくんから反応を引き出した。彼の人となりを知るものから『ヨシダに話題を振って、共感を得た』と伝えればたちまちその偉業を称えるか、あるいはくだらないホラを吹くなと邪険にあしらわれるだろう。

「で、何?」
「は?」
「その公園に行けないからなんか困ってんの?そこになんか用事あるの?」
「……いや、不思議だよな?って話」
「うん。それはさっき言った。不思議だよね」
「………どうやってか行ってみたくない?」
「………別に?」


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ヨシダくんは本当にクソ以下のションベン野郎だった。糞と尿の上下関係についてここで揉める気はないが、糞より尿が偉いにせよ尿が糞より偉いにせよ、ションベンより偉いかどうかは意見が分かれてもクソ以下なのは違いない。
あの後もヤツは「どうしても行きたいなら探偵ナイトスクープにでも問い合わせれば」「そもそも講義には毎回出席したほうがいいよ」「出席してもスマホはいじらないほうがいいよ」などと一縷の隙も見出せない正当な屁理屈を小憎らしい顔で吐き捨てた後、福神漬けを残して平らげたカレーの空き皿を持って食器の返却口にソソクサと向かい、その後の行方を杳として眩ました。あいつに話を振った俺が悪いのだが、この程度の知的好奇心の共有さえ拒む人間が、大学でいったい何を学ぼうというのか。そもそも「じゃあね」の一言もかけずによく話し相手をほっぽらかせるものだ。

ヨシダくんは当てにならない。かといって他の知人にこの謎を語って聞かせるのもなんだか馬鹿らしい気がしてきた。もしかしたらこの謎は、昨夜に自分が見た夢がいかに奇妙で支離滅裂とした珍妙愉快なモノであったかを一方的に嬉々として話すような、話のタネとしてはものすごく空回っている方に類するのではないか?だとしてもヨシダくんの咎が雪がれるわけではないが。

しからば、誰の手も借りるまい。俺しか興味を示さぬ謎ならば、当然その真相も俺だけが独占することになる。むしろ、独占しなければならない。俺はどんぶりを持ち上げて、ぬるくなった黄そばの残りのスープをぐいと飲み下す。入れすぎたコショウで喉がヒリついた。

あの公園に対して俺ほどの情熱を持たない人間が、ただ俺に調査の相伴を頼まれたというだけの理由であの公園に踏み入る功績に与るなど、我慢ならん。他の連中が手伝いたいと言い出しても許さん。【俺以外の部外者】の協力などしていらん。野良猫が手を貸そうと前足を差し出してきても肉球を揉んだら追い返す所存だ。
俺はあの公園に関する研究の推定第一人者として……

以後、あの公園を“到達不能公園”と仮称することにした。
じきに、到達するまでの仮の名前だ。

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