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季報:『軋轢♦︎内なるコンクエスト』、そして相互理解のこと

※あんさんぶるスターズ!!の『軋轢♦︎内なるコンクエスト』のストーリーの核心にふれています。

 私が楽しく遊んでいるソーシャルゲーム『あんさんぶるスターズ!!』では、ユニット新曲クライマックスイベントというものを順次開催している。残すところあと数ユニットとなり、私がこよなく愛するユニット『Eden』の順番が訪れるのももはや秒読みの状態である。
 せっかくなので、彼らのこれまでの物語を振り返っておこう。そう思い立ち、『あんさんぶるスターズ!』のストーリーから順次読み返していた。その中で改めて考えたことを書き留めておきたい。

 『軋轢♦︎内なるコンクエスト』のあらすじはこうだ。再編後のコズミック・プロダクション上層部発案の企画「コンクエスト」は、AdamとEveの対決を売りにするものだった。茨をはじめとしたメンバーが乗り気であることに対し、日和は「内輪揉めみたいな見苦しい真似」と難色を示す。その末に日和はコンクエスト絡みの仕事をボイコットする。ジュンと茨は不和を解消すべく各々奔走するが、結果は芳しくない。そのような中で、凪砂が「Edenから日和を追放すること」を宣言する。

『コンクエスト 愚者の実/第四話』より

 私はこの『コンクエスト』のストーリーが大好きだ。
 「日和くんと凪砂くんに軋轢が生じる」というキャッチーな予告に反し、その実ふたりの深い愛情が茨とジュンくんを含めた世間を振り回していたという結末が愛おしい。
 しかしながら、このストーリーの魅力の本質は相互理解にまつわる数々のレトリックにあると思う。

 繰り返しになるが、『コンクエスト』の中では日和くんと凪砂くんのあいだに不和が生じる(ように見える)。『あんさんぶるスターズ!』における前年度の物語を知っている読者、そして茨とジュンくんにとっては信じられないような出来事だ。あの比翼連理のふたりが対立することなど、天地がひっくり返ってもあり得ない。
 茨とジュンくんは、凪砂くんの怒りの原因が「与えられた仕事を全うしない日和くんの怠惰さ」に、日和くんの怒りの原因が「凪砂くんから追放を宣言されたこと」にあると認識していたが、それは表層的な理解でしかなかった。彼らは本質を捉えてはおらず、ただ行動の結果だけを見ていたにすぎない。

 真実として語られたのは、日和くんの怒りは「凪砂くんに悪役を演じさせてしまったこと」、そして凪砂くんの怒りは「日和くんが自分自身を汚すことになってしまったこと」が原因であったということだ。要するに互いの自己犠牲に対する怒りであり、加えて日和くんは自分自身への不甲斐なさにも怒りを表明している。
 自己犠牲が美談になる時代はとうに終わっている。真に愛のある対等な関係は、尊重によって形成される。その尊重は相手へのものだけではなく、自分自身に対するものも含まれる。平たくいえば「私はあなたを愛しているのだから、自分を大切にしてほしい」という願いだ。ふたりはただ、愛のもとでそれを体現していたにすぎない。

 この表層/本質の仕掛けにひと役買っているのが『コンクエスト』というタイトルだ。conquestは「征服」を意味する単語であり、作中のコンクエストが対立を売りにしていることを鑑みると、相手を征服したいという感情、相手への怒りではないかと推測してしまう。その結果、茨とジュンくんが陥った誤解へ誘導されることになる。
 しかしながら、タイトルには「内なる」と付されているのだ。これにより内なる征服=克己へとニュアンスが変貌し、怒りの矛先が自分自身に向いていることがそれとなく示唆されている。この仕掛けがとても好きだな。

 誤読あるいは誤解について、もうひとつ重要な場面がある。日和くんが己の仮面について語り、常になんらかの役割を演じていることに言及するところだ。日和くんが実像を見せていないことについては『あんさんぶるスターズ!』のストーリーを注意深く読めば理解できることなのだけれど、面と向かって語られるとは思いもしなかったので驚いた。

 ここでは大きいものと小さいもの、ふたつの誤解が描かれている。
 大きいものは、「鈍感で粗忽者なジュンくんにも嗅ぎ取られてしまうほどに、仮面が実体と同化してしまった」という日和くんの吐露だ。巴家という世界における生存戦略のために被っていた仮面が、被る必要のない場所でも脱ぐことができていなかったという自嘲めいた語りなのだけれど、これが誤りであることがのちに判明する。
 仮面と実体が真に同化していたのであれば、凪砂くんが日和くんの真意を対話なしに見抜くことは成し得ない。いくつもの仮面を器用に使い分ける日和くんを深く理解し、その裏にある彼の強さと弱さを正しく理解しているからこそ、凪砂くんは露悪的に「追放宣言」を行うことができたのだ。

 小さい誤解はジュンくんの中で生じている。日和くんが用いた「二番目」という表現について、ジュンくんは「順位」と受け取っているが、日和くんが意図していたのは「先後」だろう。そうして拗ねた挙句に、日和くんがジュンくんを煙に巻いて可愛がることを「ファジィな物言い」と評するところもなんだかおもしろい。

 ストーリーを概観してみれば、相互理解の程度の差がユニット内の軋轢を生んでいたということがわかる。日和くんと凪砂くんはふたりだけの共通言語を有する程度には深く理解しあっており、一方でジュンくんは日和くんの真意を理解できず、また茨も同様に凪砂くんの行動原理を理解できなかった。

 それでは、相互理解がなければ愛もないのだろうか。これについて、日和くんは否を唱えている。たとえ互いに理解できなくても愛しあうことはできる、一緒に暮らしていくことはできると強く断言している。この場面は『あんさんぶるスターズ!』におけるSSの変奏であるようにも感じられて、たまらなく愛おしい。

『コンクエスト エピローグ③』より

 エーリッヒ・フロムが語るように、愛することは技術である。日和くんはそれを正しく知っている人であるから、愛の射程距離が果てしなく広い。彼の哲学はどこまでも強固で、彼の声はどこまでも遠くに響き、ハイリスク・ハイリターンの賭けに必ず勝つことができる。このあとのシークエンスも含めて、巴日和という輝きの眩しさを感じられるすばらしいエピローグだと感じる。

 ここでひとつの気がかりが残る。日和くんと凪砂くんの相互理解、そして上ふたりと下ふたりの相互理解は語られたが、茨とジュンくんの相互理解についてはどうだろうか。

『コンクエスト エピローグ①』より

 なんと、茨はジュンくんの心を完璧に読んでいる!
 たまらなく愛おしいことに、彼らのあいだの相互理解の芽はかすかに萌している。この場面のほかにも息が合う様子は何度も見ることができたし、上ふたりに揶揄されてさえいた。
 この萌芽がやがて『羽撃き♦︎雲散らすソリッドステージ』や『ショコラ♦︎格別な一粒Rouge&Ruby』という花を咲かせるのだと思うと、やはりこのストーリーが大好きで仕方がないなと思う。ありがとう……。

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