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月報:2024年5月

 春になったおかげで、朝の光が清々しい。ある休日に早起きをして、近くのパン屋さんまで歩いた。大通りを進み、住宅街を抜け、並木道を渡る。風はぬるく、咲く花々の色がまぶしい。
 温かいパンの袋を下げながら帰路についたとき、散歩するいぬといぬが挨拶を交わす場面を見かけた。それだけでもう良い日だ、と思えたことがうれしかった。

■Edenのあたらしいアルバムのこと

 Edenのあたらしいアルバムである『ENSEMBLE STARS!! ALBUM SERIES ー TRIP Volume13 Eden』が発売された。最高に華やかな春が訪れてしまった。

 とにもかくにもリード曲のKEEP OUTが鮮烈に良い。軽やかなリズムに甘い声が響き、何度聴いてもうっとりしてしまう。歌い出しの凪砂くんの声がいつもよりやわらかいような気がして、どきりとする。冒頭のInstも、ライブの前のひんやりとした空気と高揚を感じさせる。
 Edenというユニットはモチーフが非常に具体的であり、「楽園」「禁断」「創世」などのフレーズは一定の強力なイメージを喚起する。このため、ユニットのコンセプトに沿った楽曲を作ろうとすると似たり寄ったりになるのではないかと考えてしまうけれど、KEEP OUTはEdenらしくもありながら新しさもあってすばらしい。

 アダムとイブは知恵の実を食べたことにより善悪を知り、その区別を得た。なにかとなにかを区切ることによって世界(あるいは概念)は生まれるのだけれど、Edenは彼らの園とそれ以外を区切るKEEP OUTの線を拡張しつづけて、そうして彼らの世界を広げているのだな、とぼんやり思った。地に根を張り咲き誇る花々のような、みずみずしい美しさのある曲だと思う。

 収録曲の順番も秀逸だよね。凪砂くんと日和くんの存在感が強いKEEP OUTをはじめに聴かせて、続くDeep Eclipseでジュンくんと茨のハーモニーをしっかりと響かせる。それからジュンくんがセンターを務めるEXCEEDへ導くことにより、Edenの年下のふたりも決して負けてはいないのだと示しているようでいいなと思う。彼らの成長がこの上なく眩しく感じられる配置だと思う。
 それでいて、締め方は日和くんがセンターを務める楽園追放、そしてInstを挟んで凪砂くんがセンターのAbsolute Perfectionなのだからたまらない。
 私は上のふたりの大きすぎる背中を下のふたりが競いあいながら追う構図が好きだから、この流れで「新たな神話へと」導いてくれるのがうれしい。

 私がEdenの最初のアルバムを買ったのは、ちょうど彼らの存在を知ってすぐのことだった。そのため、オータムライブやSSあたりのストーリーを読みながら聴いていたのだけれど、収録曲に統一感があって既に完成されたユニットだと感じていた。

2019年6月撮影/このアクリルパネルは5年ものあいだ、ここに飾られている

 最初のアルバムを聴いてから今回のアルバムがリリースされるまでの歴史は、私があんさんぶるスターズにふれている時間とぴったり重なることになる。今回のアルバムに収録されているひとつひとつのユニット曲に思い出があり、記憶があり、抱く感情がある。流れる曲を聴きながらそれらの感情を追うことはまさしくTRIP──旅に他ならない。

 旅の果てに新しい景色を目にするように、後半には彼らのあたらしいソロ曲が用意されている。最初のアルバムに収録されているソロ曲との差異を楽しみつつ、フィーチャースカウト2の衣装によく似合う曲たちだなと考えていた。

 特に凪砂くんのWe′re all aloneが好きだ。彼のフィーチャースカウト2の衣装は雪の妖精のようでとてもかわいいのだけれど、この曲はダイヤモンドを砕いたような雪原の輝きと静寂を想起させる。

 変化の幅が最も大きいのは、やはりジュンくんのソロ曲だろう。Back-alley Monologueで自らの体験に起因する心情を歌いあげていた彼には未熟さと拙さがあり、それが切実な響きをもって心を揺さぶる名曲となっていた。しかし今回のUnlock the Soulでは視線が上を向き、彼自身の想いが弾けるようなナンバーになっているのがうれしかった。
 内田雄馬さんのShowerのような方向性の明るさが聴きたかった気持ちもあるけれど、ジュンくんの熱情と伸びしろを的確に示しているのはやはり激しいロックナンバーだなと思う。アイドルでいられて幸せなんだね、証明してくれてありがとう。

 あとはSurprising Thanks!!にいつもどおりに泣かされた。なぜだろう、この曲だけは周年曲のなかでも特別で、いつも心の奥深くにまで多幸感を与えてくれる。音の粒が跳ねるたびに歓びがきらめく。
 パート割がとても良いんだよね。茨とジュンくんが「能動的本能」を、凪砂くんと日和くんが「運命的強運」を歌ってくれるほどうれしいことはない。

 またひとつ、宝物とお守りが増えた。この小さな箱を抱えながらどこまでも生きていけそうだよ。

■『学園アイドルマスター』のこと

 『学園アイドルマスター』がリリースされたので、夢中になって遊んでいる。
 本作はスマートフォン向けアイドル育成シミュレーションゲームアプリであり、『アイドルマスター』ブランドの最新作である。

 一般に「アイマス」と呼ばれるコンテンツは複数存在し、本作は『アイドルマスター(765プロダクション)』『シンデレラガールズ』『ミリオンライブ!』『SideM』『シャイニーカラーズ』につづく6ブランド目となるが(派生作品は一旦置いておく)、今のところ他のブランドとの接点はなく、単独で楽しむことができる。
 私はこれまでの人生の中で、決して短くはない時間をアイマスと共に過ごしてきた。とりあえず新作も触っておきたいな、という程度の軽い気持ちで事前登録をした。偶然にもリリース日が私の誕生日と同じで、大きな妹ができたような心地になった。

 プレイヤーは「初星学園」というアイドル養成学園のプロデュース科に所属している生徒の立場をとる(この点は『あんさんぶるスターズ!』の夢ノ咲学院とよく似ている)。
 アイドル科の生徒をスカウトし、トップアイドルへ育てあげていくというコンセプトのゲームであり、リリース時点では9人のアイドルをプロデュースすることができる。

 本作は「プレイに応じて徐々にアイドルが成長していく」ことをコンセプトに掲げている。はじめは歌やダンスが拙いアイドルであっても、プロデュースを繰り返すことで様々なものが引き継がれて、次第に華やかなパフォーマンスを見せてくれるようになる。
 親愛度も引き継がれるから、2回目以降のプロデュースでは「今日もよろしくお願いしますね」と声をかけられる。歌もだんだん上手くなり、ダンスも見違えるほどに変化する。これが私にとっては衝撃的で、新鮮で尖ったシステムだと感じると同時に、コンシューマの『アイドルマスター』のような雰囲気があるなと懐かしく思った。良い意味でソーシャルゲームらしくはないところがうれしい。

 そうして私はゲームを進めるうちに、9人のうちのひとりである藤田ことねさんのことが大好きになってしまった。心の中に春の嵐が激しく吹き荒れるような心地だった。

 藤田ことねさんは「稼げるアイドルになる」ことを目標にして中等部からアイドル活動を続けてきたが、成績が振るわず、自分自身を「劣等生」と認識している。
 彼女にはどうしても稼がなければならない理由があることに加えて、自己肯定感の低さと自己愛が歪に共存しているから、その不安定さを道化じみた態度で誤魔化しているように見受けられる。
 彼女とはじめて出会ったときには、いかにも自信のなさそうな表情で歌い、ふらつきながらもしっかりと踊っていた。夢を大きく語りながらも、どこか諦めたようにおどけて笑う様子も印象的だった。

 その雰囲気が彼女のソロ曲『世界一可愛い私』と乖離していて、私はやや戸惑った。あの楽曲の中の彼女はいかにも自信満々で、自分のかわいさを最大限に引き出している。
 たしかにことねさんはしばしば「私は可愛い」と言ってみせるが、それは「(この学園に入学してアイドルをやっているのだから)私は可愛い(けれど、本物の天才や努力家には勝てない)」という諦念を孕んでいるように思えてならなかった。
 どうして彼女自身とソロ曲にこんなにも距離があるのだろう、と不思議に思っていた。

 プロデュースを通して対話を積み重ねていくと、彼女が抱えている問題が明らかになり、対策を打つことができた。次第に歌は上手くなり、ライブ前の心持ちにも変化が訪れ、少しずつ広いステージに立てるようになった。
 それはことねさん自身の成長であり、「プロデューサー」の成長であり(システムとして、プロデューサーレベルが上がると様々な恩恵にあずかることができる)、そしてプレイヤーである私自身のプレイ技術の成長によるものだった。三人四脚で進めていくゲームなのだな、と感じている。

 そして私は不意に気づく。『世界一可愛い私』は自分に自信のある女の子が堂々と歌いあげるために用意された曲ではなく、自己肯定感の低いことねさんに自信を持たせるための曲なのだ。

 「私は可愛い、世界一可愛い、宇宙一可愛い」。このようなフレーズが何度も登場するこの曲をソロ曲として練習させて、繰り返し歌わせることで自分の美しさに気づかせたい。コール&レスポンスで客席から「可愛い!」という声を受け取ることで自信を持ってほしい。プロデューサーはことねさんを信じている。あなたのかわいさを、才能を、努力を、そしてこれまでの苦難を乗り越えたことにより帯びた眩しさを。

 そのようなプロデューサーの祈りがぎゅっと詰まった曲だった。それがわかると、どうしようもなく切ないような、うれしいような、大好きだという感情の奔流に押し流されてしまった。

 trueエンドを迎えたとき、ライブシーンで涙をとめることはできなかった。せっかくの晴れ舞台なのに涙で滲んでよく見えないのが可笑しくて、泣きながら笑ってしまった。

 私は成長物語が好きだ。大きな挫折や悲劇、あるいはドラマティックな出来事がなくても、積み重ねた努力が報われた瞬間を見届けるだけでストレートな感動が訪れ、涙さえこぼれる。それはあたたかくて、やさしくて、とても愛おしい。

 満員の講堂でライブをするためにことねさんも頑張ったし、プロデューサーも頑張ったし、私自身もとても頑張った(trueエンドを迎えるためにはそれなりの努力と工夫と運が必要だ)。
 そしてステージに立つ彼女はとてもかわいい。本当にかわいい。宇宙一かわいい!

 新しい作品に夢中になれると、生きている実感を味わうことができる。私の心のなかに嵐の前触れのような強い風が吹き抜けて、思考と感情の海を波立たせる。このうえなく幸せな瞬間だね。

 まだ始まったばかりのゲームにもかかわらず、ことねさん以外のアイドルをきちんとプロデュースできる気がしない。他の子のことも知りたいのだけれど、どうしようかな。
 そう思いながらも、私は今日もことねさんをプロデュースしている。

■謎解きのこと

 MICHI制作の『D』を解いた。名刺サイズのカードからはじまるスマートフォン向けの謎解きで、「スマホ1つで遊べる、濃密な1時間をお楽しみください」という惹句が印象的だ。

『D』/制作:MICHI

 これまでそれなりの数の謎を解いてきたけれど、本作は群を抜いてお洒落でありスマートだった。
 美しいBGMを聴きながら最低限に抑えられた指示文を読み、何をすべきか理解する。とりあえず触ってみて、考えて、試して、確かめる。幾何学的なデザインの世界の美しさに感嘆しながら、ひらめくことの心地良さを存分に味わうことができた。

 謎を解くことの楽しさのひとつに「展開すること」が挙げられると思う。小さな謎を解くたびに世界が思わぬ姿にかたちを変えていき、新たな謎が目の前に立ち現れる。そうしてまた謎を解けば違う景色が見えて、始まったときには一部分しか見えていなかった世界の全貌を見渡すことができる。
 私にとってそれはとても美しい体験であり、解き終えたときの恍惚はなにものにも代え難い。

 謎解きってやっぱり面白いな、と思えたすばらしい体験だった。自信を持ってお勧めできるので、興味がある方はぜひ触れてみてね。

 それでは、またね。おやすみなさい。

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