慌てるとろくなことはない
昨日の昼飯は、阪急淡路駅近くの商店街でお好み焼きを食べた。ときどき無性に食べたくなる。淡路駅から徒歩で区役所に行く途中だった。昔ながらの店だった。ひとりでふらりと店に入り席につき「お昼のお好み焼き定食」を注文した。数分して小さなボールに入った具が目の前に置かれた。
一瞬、もしかして自分で焼くやつか?と心の中で呟き。そして僕は店員のおばさんにたずねた。自分で焼くの?おばさんは、お願いしますと言ったかと思うとゆっくりとそして少し深く頭をさげてそのまま立ち去った。久しぶりだ。自分でこうして焼くのは久しぶりだ。そういえばここ数年、自分で焼くことはあまりなかった。店で焼いてくれるところが多かったような気がする。しかしそれにしても(自宅ではいつも焼いてはいるが)どうも勝手がちがう。それにひとりだ。
仕方ない。焼こ。まずボールに入った具のうえにのせてあった豚肉を鉄板に仮置きしてからこんもり盛られた具を小さなスプーンでゆっくりかき混ぜる。山芋らしきものもたっぷり入っているらしい。なかなかの手応えだ。おばさんが近づいてきて鉄板に油をひいてくれた。忘れていた。ありがとう。ちょっと慌てているような雰囲気を察知して駆けつけてくれたんだな。わかる。さすがプロ(でもないか)。そういえば僕は席には座らず立って具をかき混ぜていたんだ。いやでも目立つわな。でも助かった。油なしで焼くところだった。
鉄板に具を丸くひろげて、そのうえに仮置きしていた豚肉をのせた。あとは出来上がるのを待つだけだ。自宅ではホットプレートだが、ここではもちろん分厚い鉄板だ。想像以上に早く焼ける。
心なしか白い煙のようなものがあがってきた。焦げてるのかな。コテで少し具をめくりあげてのぞいてみる。それほどでもない。大丈夫だ。
しかし気になる。少し早い気もするが裏返すことにする。返してみると焼きすぎてはいない。かといって十分に焼けているとはいえない。どうするかな。まぁ、もう一度ひっくり返せばいいだけだ。テキトーだ。テキトー。ここまでくればテキトーだ。(略)
焼けた。ソース、マヨネーズ、青のり、鰹節をかけて出来上がりだ。あ、いま書いていて思い出した。からしをいれるのを忘れた。いまのいままで気がつかなかった。まぁいい。というか、いまさら遅いわ。でも書かずおられん。から書く。
定食なのでご飯と味噌汁、それから小さな冷や奴と漬物が運ばれてきた。まずはお好み焼きを鉄板のうえでテキトーな大きさに切り分け目の前の小皿にひと切れだけ運ぶ。鰹節が踊っている。口に運ぶ。うまい。上手く出来ている。気もするが。少し中がやわらかすぎる気もする。が。うまい。でもまぁそのうち鉄板の熱でいい具合に焼けてくるやろ。テキトーでいい。
でもちょっと焦って焼きすぎたかな(注釈:焦ってしまい外側だけを焼いて十分に火を通す時間を確保できなかったのではないだろうかの意)。急ぎすぎたかな。そんなことを考えながら食べた。
隣の席で僕が店に入ったときからひとりで黙々とお好み焼きを食べていた高齢の女性客が席を立った。店員はすかさず、ありがとうございますと大きな声で言いながら小走りで僕の席の横をすり抜けてレジへ向かった。高齢の女性客は、レジに向かう店員の後を追うようにして歩いた。
二人はレジで対面した。お勘定を済ませて店を出ようとした高齢の女性客に店員が、彼女が座っていた席付近を指さしながら叫んだ。カツラ落としてますよ!僕は一瞬、手をとめ、耳をうたがった。
カツラ落としてますよ!
高齢の女性客は、あっ!と僕にも聞こえるぐらいの小さな声をあげた。そして小走りで、彼女がさっきまで座っていた席付近に戻りその場にしゃがみ込んだ。
僕は、お好み焼きのひと切れをコテのうえに乗せて鉄板と顔の中間あたりのところで静止させたまま高齢の女性客に気づかれぬように首だけをいつもの2.5倍くらい長くして、のぞいた。
ありがとう。高齢の女性客は、店員にお礼を言ってその黒いものを取り上げ首にかけた。
マフラー… 黒いマフラー …
カツラじゃなくてマフラーだった。
あぁ。びっくりした。マフラーでよかった。いや、でも、カツラならもっと・・・。おもしろかったけど。おしかった。
慌てるとろくなことはない。
そして人生はつづく
1738文字
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