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記録映像で筋トレ

令和2年2月29日18時00分。会場正面右側で半分だけ開けられた入口扉から黒いメガネをかけた濃紺スーツの男がひとり足早に入ってきた。その2メートルぐらい後ろから安倍総理が男とほぼ同じぐらいのスピードで歩いて入ってきた。報道用のカメラだろう。一斉にシャッターを切る音が聞こえはじめる。演台のあるステージから右側入口までの間には官房長官、首相秘書官、内閣広報室の役人らしい男たちが7人ばかり整列している。整列する男たちの前を黒いメガネの濃紺スーツ男は足早に通り過ぎた。男は演台のあるステージの前をスピードを落とすことなくそのまま直進し、そして画面から消えた。総理は演台のあるステージの右側に整列する男たちの前にかかるあたりから黒メガネの濃紺スーツ男の先導から離れてステージのある方角に足を向けた。総理もまた先導の男と同じぐらいスピードを落とすことなくステージに足をかけてそしてあがった。演台の手前で一度立ち止まり演台斜め左後ろにある日本国旗に一礼をしたあと演台の真後ろまで進みそこで記者席のある前に向くことなく歩いてきたままの左向きの姿勢を保ったままその場に直立した。

テレビのカメラがひかれてステージの左側が画面に映し出される。総理を先導して足早に会場に入ってきた男は安堵した背中をこちらに向けて立っている。役割を終えてほっとしているのだろう。さっきまで入っていた肩の力が抜けているのが遠くからみてもわかる。ステージの左手すぐ脇には役人らしき男が2人立っている。総理に近い方の男は体ごと総理の方に向けて立っている。もうひとりの男は正面に向かって直立している。2人の男の後ろでは報道のカメラマン7~8人が一塊になって、それぞれ大きなカメラを総理に向けてシャッターを切っている。いくつかのシャッター音が連続して聞こえたかと思うと総理の近くで総理の方を向いていた男が大袈裟なポーズで左腕にはめた時計を見た。するとそれが合図であったかのように画面からカメラマンの塊は消え総理だけが大きく映し出される画面に切り替わった。

画面が切り替わると同時にそれまで左向きに立っていた総理はそのときはじめて演台を正面にして記者席に向かうように立った。画面には映っていないからはっきりしたことはいえないがたぶんステージ左側でさっき時計を見た男から合図があったのだろう。総理の動き方は総理自身の意思でというよりも何か別のものがきっかけであることは容易に想像できた。合図があったからこちらを向いたのだ。

え、ただいまより安倍晋三内閣総理大臣によります記者会見を行います

進行係の内閣広報官が記者会見のはじまりを告げた。安倍総理が記者会見場に入ってきてから22秒がたっていた。内閣広報官の案内のあと画面は2つに分割されて右半分に総理が左半分には手話通訳の女性が映し出された。総理の記者会見は総理冒頭発言からはじまった。

新型コロナウィルスが世界全体に広がりつつあります。中国での感染の広がりに続き、韓国やイタリアなどでも感染者が急増しています。...

安倍総理の冒頭発言は演台の右前と左前の2カ所に設けられた透明のプロンプターに書かれたものを見ながらだった。まるでそこに書かれた文章を一字一句間違うことなく読むことを仕事にしているようだった。いわゆる棒読みというやつ。あかんやつだ。記録映像をみればよくわかる。

19分51秒。安倍総理の冒頭発言が終わった。冒頭発言がはじまったのは記録映像では39秒からだったから正味の発言時間としては19分12秒の冒頭発言だったことになる。そして内閣広報官がつづく。

はい、え、それではこれから皆様方からご質問を頂戴いたします。え、質問ご希望される方、挙手をお願いいたします。私、指名いたしますので、指名を受けられた方は所属とお名前を明らかにされたうえでご質問をお願いいたします。それでははじめは幹事社の方からお願いいたします。はい、どうぞ。

幹事社としてまず朝日新聞とテレビ朝日が質問。つづいてNHK(ここだけが松本さんと個人名で指名される)、読売新聞が。最後にAP通信が質問した。安倍総理は記者からの質問にはプロンプターではなく手元の資料を読む。どの質問にも必ず資料があるようだ。総理はただそれを読むだけだった。書かれていること以外の発言はない。総理の発言はすべて書かれている。それを読むだけだ。たとえ質問に対する答えであってもそれは変わらない。書かれている。それを読むだけだ。記録映像をみればそれはあきらかだ。

35分56秒。ここで内閣広報官。

予定をしておりました時間を経過いたしましたので、以上をもちまして、記者会見を終わらせていただきます。皆様、ご協力どうもありがとうございました。

内閣広報官の終わりの言葉につづいて安倍総理が、ありがとうございますと言いながら頭をさげようとしたときだった。

“ まだ質問があります。”

会場が少しざわつく。マイクから遠いからだろう聞き取りにくい。しかし聞けないことはない。いやはっきりと聞こえる。それは記者席からだ。

“ まだ質問があります。”

頭をさげかけた総理はそのままの静止したものの声をあげた記者を見ることもその声に反応することもなかった。無表情のまま視線をさげて内閣広報官の仕切りにまかせたままもうこれで終わりだと言わんばかりに演台に置いてあったファイルを取り上げ開いてあったページを閉じた。

内閣広報官は、少し慌てていた。

あの、ちょっと予定した時間、だいぶ過ぎております。あの今回はこれで終わりとさせていただきます。

内閣広報官の言葉につづくように総理は小さな声でどうもありがとうございましたとつぶやき頭をさげて立ち去ろうとした。しかし記者はまだ何かを声にしていた。総理はその声を耳にして立ち去ることをほんの一瞬躊躇したものの結局記者の声を振り切るように演台から離れた。

“ 質問にちゃんと答えられていません ..... ”

記者席からの声は続いていた。しかし内閣広報官はくり返す。

そういう予定でだいぶ超過しておりますので、終わらせていただきます。

内閣広報官の声に押されて。その声を背中で聞きながら総理は歩き出す。数歩、歩いて少し頭を横に傾けるような仕草をみせた。困ったもんだ。ネクタイの乱れが気になるのか右手でさわりながら総理はステージを降りそのまま会場を出た。ステージを降りた総理の後を官房長官もすぐに追いかけ会場を出た。

36分23秒。総理記者会見の記録映像はそこで終わった。

記録映像:令和2年2月29日 安倍内閣総理大臣記者会見(首相官邸ホームページ)

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追記:この投稿以後に記録映像は36分02秒に編集されました。会見がはじまる前の20秒は編集でカットされたようです。


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