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フクロウは本当にいたのか

久しぶりに実家に行き屋敷裏に祀る弁財天の祠に手を合わせる。懐かしい。この祠の隣にあった大きな木はフクロウが住んでいた。僕が幼い頃なので、もう60年ぐらい前のはなし。夜はホーホーと鳴いて怖かった。その大きな木はとっくの昔に朽ちて。いまは樫の木が二本、これも大木になっていた。

僕の実家は山に囲まれた集落の中でも少し小高い丘の上にある。兄は古い屋敷をそのままに、いまは古い屋敷の目の前に新しい家を建ててそこで住んでいる。古い屋敷も新しい家もともに集落の中の小高い丘の上にある。

古い屋敷の方の母屋はほぼ昔のままで屋敷裏には写真の弁天さんが祀ってある。昔は石垣を土台にして祠をのせてあった。数十年前に兄が新しく石垣の土台をコンクリートに、祠も新しいものにした。

祠は南向きの母屋の北西裏に位置していた。母屋の西側には離れがあった。幼い頃、僕は父や母と離れで寝ていた。夜になると暗闇のなか母屋の裏木戸を出て祠の前を駆けて離れまで走って行ったことを憶えている。昭和30年代。しかも田舎の農家。いまのように灯りなどない。夜は当たり前のように暗い。真っ暗だ。暗闇のなか晴れた日には月のあかりをたよりに走り抜けた。

祠の西隣には朽ちかけた大きな木があった。見上げれば4メートルぐらい(だろうかな)上からは朽ちてなかったようにおもう。大きな穴のようになっていた。夜になるとその木の上のあたりからフクロウが鳴く声がした。いつも僕が走る夜になるとホーホーと鳴いていた。怖かった。僕は暗闇のなかフクロウの鳴き声を聞きながら祠の前を小走りに駆け抜けた。

祠の前は小さな広場になっていた。昔はそこで折々に餅まきもしていたらしい。さすがに僕の幼い頃に餅まきはもうなかった。屋敷の裏は山だった。田舎のことだからどこが敷地なのか山なのかわからない。しかし一応、屋敷内にある祠であり広場のようだった。ほかにも実家が祀っていた祠は村の中にいくつかあった。昔は村の中でそんな役割を担っていたようだった。

幼かった僕は、毎晩鳴くフクロウの姿をこの目で見たくて昼になると大きな木の下から朽ちた木の上の方を何度も探したが、遂に一度もフクロウを見ることはできなかった。昼には探しても探してもいないフクロウだが夜は毎晩鳴いた。ホーホーホーと鳴いていた。いまもあの鳴き声だけは正確に憶えている。

そのフクロウの鳴き声もいつか聞こえなくなった。いつ頃からかは憶えていない。鳴き声がしたときは憶えているのに。しなくなったときは、憶えていない。

しかしフクロウは本当にいたのか。僕は鳴き声でしかその存在を知らない。

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