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そして僕は完全に目覚めることに成功した

枕元を右から左へと電車が走り去って行く。西の方で踏切の信号機の鐘の音が鳴り止まない。踏切は降りたままだ。さっきは下り電車だったから次は上りの電車でも来るのかな。待っているが来そうにない。信号機の鐘の音は鳴っているのか気のせいなのか怪しくなる。左手の人さじ指を布団から出して左の耳の穴に突っこんでかきまわす。耳は正常に働いているらしい。

暗闇のなかで左腕に嵌めたままだった腕時計のことを思い出す。布団から左腕を突き出して目の前にかざす。右手でパジャマの袖を少しまくり上げてタイメックスの文字盤をむき出す。右手の親指を文字盤の左側面にあて人差し指で文字盤の右側にあるリューズを少し押し込む。文字盤全体に薄い緑色のライトが灯って明るくなる。長針と短針の影が暗闇に浮かび上がる。5時24分。さっきのは始発電車だ。

さてどうしようか。暗闇のなかで目蓋を開けたまま考える。枕元のスマホを手探りで引き寄せる。とりあえずスマホ画面の灯りをたよりに起き上がる。ベッドを降りて着替えを抱えてリビングに移動する。起きるという意思決定をすることもなく既に僕は起きていた。たぶんこれから書くことになるのだろう。もうその体勢に入りはじめている自分がわかる。意思決定は置き去りにされたままだ。

始発電車の音で目覚める30分か1時間ぐらい前にトイレにいった。トイレからベッドに戻ってきてスマホにメモ書きしたことを思い出す。スマホを取り出してメモ帳を開く。そこにあるメモをポメラに書きうつす。

>書くことで自分をつなぎとめておきたい。

>この世界からこの場所から立ち去りたい逃げ出したいのに行く場所が見つからない。

>山を歩く。草をむしる。土を耕す。

書きうつした言葉をながめる。夢のつづきを見ているよう。あちこちから入ってくる雑多な情報を処理しきれないでいるんだ。だからこんなことになっているんだ。ほんの1時間くらい前なのに、もうメモは過去になっている。

気がついたら、カーテンの隙間から外の光が差し込みはじめていた。エアコンの音で気づかなかったが雀か何か鳥の声もする。椅子から立ち上がり廊下に出てカーテンを開ける。朝だ。

廊下からまたリビングに戻る。昨夜Yさんが「“ 習慣で書かない方が良いですよー ”という話をΟさんから聞いたことがあります。」って言ってたことを思い出す。

それを早く言ってほしかったと昨夜思ったことを思い出しながらいまもこうして書いている。習慣で書かない方が良いって、どういう意味かな。

>置き去りにされたままの僕の意思決定が苦笑いをしている。

今度会ったらΟさんに聞いてみよう。いやYさんにも聞いてみよう。忘れてなければ、そうしよう。

そして僕は完全に目覚めることに成功した。1127文字

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