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0-10リレー小説Ⅲ

授業と空きコマを決めるというスタイルにすっかり慣れ、『自主休講』なんて言葉も違和感なく脳が受けつけるようになってしまった大学一年生の夏。
学校近くの有名コーヒーチェーンに寄ったのが始まりだ。


《ガッシャーン!!》


当時、アルバイトを初めて3日目だった彼女はお皿を片付ける途中、盛大に転けた。
たまたま近くにいた俺が散らばった食器を集めるのを手伝うと、律儀にも彼女は、お礼にケーキとおすすめのコーヒーをご馳走してくれた。
溢れんばかりのカスタードクリームと真っ赤な苺が苦さを際立たせる。


もう会うことはないだろう。そう思っていた。


未だにガラケーを使い、見た目とは裏腹に「酸味が良い!」なんて言いながらブッラクコーヒーを飲む彼女。
時代に流されず、見た目に流されない。

そんな彼女を、俺は単純に「カッケー」と思ってしまったのだ。

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あと10分くらいで休憩だから窓際の席で待ってて!」
言い切らないうちに、彼女は忙しくレジに戻っていった。
金曜日の15時はここで過ごすのがお決まりのパターンだ。

椅子に座る。「期間限定フラペチーノ発売中!」の広告。
JKたちは「映え〜」なんて言いながらモデル撮影かのごとく、それの写真を撮り、SNSに載せることに必死だ。『いいね、いいね、いいね、、、』

味なんて二の次だ。
じゃあ俺は?...毎月欠かさず飲んでいる。
いいねのためでも自分のためでもなく、

『みんながそうしてるから。今流行りだから。』

そこに自分の意志はない。

「溶けたらただの砂糖水なのにね笑、お待たせ〜。」
彼女はブラックコーヒー一択だ。浮気はしない。
悪びれた様子もなく、毒を吐く彼女に、
《ヴゥーヴゥー》
胸のトキメキ?いや、違う。
彼女の話に耳を傾けつつ、さりげなく液晶画面を見る。

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[件名]:選考結果のご連絡

[本文]:
桐島 大樹様

株式会社 ENJOY POP
採用担当の田村と申します。

先日は、面接にご来社いただきありがとうございました。
その後、弊社の採用基準に基づき厳正な選考をさせていただきました結果、
誠に残念でございますが、今回の採用はお見送りさせていただく
結果となりましたことを、お伝えさせていただきます。

別途、郵送にてお預かりしておりました履歴書をご返送させていただきます。
ご査収いただけますよう、お願いいたします。

なお、今回の求人につきましては、多くの方からご応募いただき、
選考に大変苦慮いたしました結果であることを申し添えます。

末筆ながら、貴殿のご健康ならびに今後のご活躍をお祈り申し上げます。
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はぁ。イベントスタッフのアルバイトは落ちないって言ったの誰だよ。
「ん?彼女?喧嘩した?笑」
感情が顔に出やすい。俺の悪い癖だ。
「そんなんじゃないよ。で、なんの話だっけ?」
「だーかーら!コーヒーの豆はコロンビアが一番なの!レベルで言うと香5、酸味3、苦味2、コク2。苦味が少なくてスッキリ飲めるの!私の一番の飲み方はn......」

俺にはなんのことだかサッパリだが、情報が洪水のように流れ込んでくるこの感覚に、なんとも言えない心地良さを感じていた。


write: ながっち

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