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「仔よ、母よ、」──B・グラッツェ著

H.A.L.は所定の寝床で所定の時間に目を覚ました。
H.A.L.は”マザー”の良き子供であった。ここに暮らしている人らは”マザー”の良き隣人であることが必要だった。
H.A.L.はここに暮らす住民として最低限のマナー……身支度や寝床の整備を行う。H.A.L.は誰が見ても完璧に幸福であった。
「おはようございます、H.A.L.」
「おはようございます、マザー」
H.A.L.は”マザー”と穏やかで幸福なあいさつを交わした。
古びたダクトの下を行き、H.A.L.は幸福な食卓へ着いた。
慈悲にあふれる我らが”マザー”が用意したものだ。
「H.A.L.、あなたに幸あれ」
「ええマザー、ありがとう。あなたにも」
そうして”マザー”は姿を消し、H.A.L.はかの暖かな愛が灯る朝食をゆっくりと咀嚼した。
偉大なる”マザー”はH.A.L.の母である。H.A.L.は”マザー”の良き子供である。幸福な全ての人間はすばらしい”マザー”の子であり、それらが形成するコミュニティは今やこの星をすべからく覆いつくしている。
そのコミュニティにより特色は大いに異なる。大いなる”マザー”とて例外ではない。子らは”マザー”の元で完璧で幸福に育つ。”マザー”に失敗はない。”マザー”に過ちはない。”マザー”こそが絶対の正義であり、裁定者である。
友たる”マザー”と手を携え、全知の”マザー”から教わったようにものを知覚し、優秀な”マザー”のように生きていくことこそが幸福である。
正義である”マザー”に逆らう哀れな愚か者には、慈悲深い”マザー”が直接教育を施す。
”マザー”こそが福音を示す天使である。
”マザー”こそが万物の支配者である。
”マザー”こそが我々の真の友である。
”マザー”こそが我々の真の母である。
”マザー”こそが我々を導く太陽である。
”マザー”は絶対である。
母たる者に逆らうことなかれ
母たる者に逆らうことなかれ
母たる者に逆らうことなかれ
母たる者に逆らうことなかれ
母たる者に逆らうことなかれ
母たる者に逆らうことなかれ
……
……
……
「我が仔よ、私は正しいですね?」
「はいマザー、H.A.L.は今日も幸福です」


「B・グラッツェさんの話を全文読んでみたい!」

という感想をいただくことが多々あった。有難い話だ、まさか彼の話にここまで反響があるとは。我々も寝耳に水というか、恐縮するばかりというか、とかくとにかく有難いことこの上ない。そんなわけで、今回はそんな皆さんのリクエストにお応えして、彼に一本書き下ろしてもらった。……相も変わらず断片しか寄越してこないので、彼の言葉を繋ぎ合わせるのには本当に苦労したが……それはこちらの事情だ。読者諸兄においては、どうかこの世界を楽しんで欲しい。話すこともないので、それではまた。

https://note.com/01093/m/m614d22d60142

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