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Bullet of Spice

 全て終わってみて、興奮冷めやらぬままこの文章を書いている。たった数時間、そう数時間だ。モニターの前で文章を追いかけていただけだというのに、何だろうこの胸躍るような高揚感は。



 人間誰しも、というと大きく言い過ぎたきらいはあるが、同じような嗜好を持つ方なら憧れたことがあるだろう。誰も彼もがもっと奔放に生きていた時代。店内のラジオから流れる歌姫の声に心を洗わせながら、シックなバーで簡単な食事に舌鼓をうち、煙草をふかす。懐の拳銃をお守り代わりに、我が物顔のビル街を往く。ギャングが幅を利かせ、密造酒の話を聞き流し、ジョークや軽口が飛び交う。……以下略。少し古ぼけて、見覚えのない、そしてもう戻らない懐かしさの中で生きてみたい、そんなことを思った日が。父の影響で、ジャズや古い洋画に親しみがあった僕は、いつの間にかそんな世界の虜になっていた。父の教育の賜物だろう。鉄ヲタ魂を引き継ぎたかった彼としてはいささか不本意ではあろうが……

 「Diva&Gunshot-ウタヒメ ト ジュウセイ-」は、そんな世界で生きる男の一日を描いたノベルゲームだ。



主人公、アダム・ホーキンス……人呼んで≪貧乏くじのアダム≫は、とにかくツイてない。しかも、モテない上に、冴えない。三つの「ない」がそろってしまった、ちょっぴり残念なおじさんなのである。そんな彼の日々の癒しは、歌姫・サラの歌声を聞くこと。トンチンカンだが並外れた強運の後輩、アシュレイ・サーダンガのお守りや、上司からの叱責、襲い来るアクシデントを日々なだめすかし、いなしながら、彼の日常はいつも通り過ぎていく。あのニュースを聞くまでは──……。

 とまあ、こんな具合のストーリーなのだが、これがとにかくメチャクチャ面白いのである。魅力的なキャラクター。軽快な文章。気の利いた一言。飽きさせないウィットなやり取り。二転三転する展開。胸滾るラスト。爽やかでほほえましくなる読了感。どれをとっても完成度が高く、これが無料で遊べて本当にいいんですか?本当に?といった具合に僕はまだ疑ってかかっている。コレマジでタダで遊べていいんですか?

 とにかく主人公のキャラがいい。不幸体質で、社畜で、皮肉屋で、素直じゃなくて、いろんな人に振り回されるわ、面倒ごとを頼まれるわでくたびれてしまった感じ、非常に健康に良い。もっと正直に言うと性癖に刺さる。アダム・ホーキンス、好きだ。幸せになれ。

 後にこの作品が、同人ゲーム・オブ・ザ・イヤー2019 楽部門、ムービー・動画部門賞受賞を成し遂げていると知った時、納得した。賞を受賞、ということを通して、姿も知らない人々が同じゲームを好きになって、楽しんでいるという認識を持てて本当にうれしかった。この楽しさが、自分だけの楽しさでないことが喜ばしかった。

 とにもかくにも、わちゃわちゃと騒がしかった事件たちが真相を知るにつれその姿を現し、クライマックスへ辿り着いていく様は圧巻で、その緊張感に胸が躍る。思わず叫んでいた。

こういうのが読みたかったんだよ!!!!!!!!!!!!!!


 人生には大切なものがある。それはスパイスだ。人によってスパイスが何かは異なる。優しい言葉かもしれないし、厳しい挫折の経験かもしれない。スパイスという転機を得て、人は変わっていく。ハッキリと目には見えずとも。

 僕にとってのスパイスは間違いなく、すい星のように、あるいは弾丸のように現れたこの作品なのだと強く思う。願わくば、拙文を読んでくれた君にも、そんな出会いが訪れますよう。


https://dokkoisyo.wixsite.com/diva-and-gunshot

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