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架空の作家について話をしよう

架空の作家の、その作品についての話をしよう。いわゆるイマジナリーフレンドというか、創作キャラというか、そのどれにも当てはまらないような、彼ないし彼女の話をしよう。

かの作家の名はB・グラッツェと言う。フルネームはブラバ・グラッツェ。文法的におかしいとか、それは名称として用いないとか、そういったクレームは受け付けない。なぜなら彼(もしくは彼女)は架空の存在だからである。しっかりしろ。

グラッツェは十九世紀後半ごろに活躍した海外作家で、それらの作品は国境を越え今日も親しまれている。もちろん日本でもだ。その作品のタッチは多岐にわたり、今も多くの読者を魅了してやまない────なお全て生きのいい幻覚である。ビチビチ。

彼(便宜上そう呼称するが)と自分の関係は未だによくわからない。彼が現われてしばらく経つが、ただの同居人というべきか、ほとんど家族のようなものと形容すべきか、自分でもうまく言えないのだ。体の一部、と言った方が近いかもしれない。

彼の作品を(ほとんど自己満足に近い形で)生み出してきたが、なんだかこのまま日の目を見ないのはもったいないような気がする。折角作ったのだから誰かに見てほしい、という気持ちは読者諸兄もきっと理解してくれるに違いない。あんまりにも短いのでpixivにアップするのも躊躇われるし、出来れば手元に残しておきたいのでTwitterに放流するのも惜しい。そこでnoteを活用することにした。大した話ではないが、彼の話にしばし付き合ってもらえれば幸いである。

憧れと死別が生んだ名作「孤独の城」

「だとすれば渇望した夢とは何であったのだ。さながら砂漠に垣間見る蜃気楼ではないか!」────B・グラッツェ「孤独の城」より

この一文は彼の処女作にして代表作、「孤独の城」からの引用である。「孤独の城」は亡き祖父の遺産である孤島を相続した青年が、その島を訪れた際遭難してしまうという話だ。同時期に書かれたロバート・ルイス・スティーブンソン作の「宝島」に影響された作品だとする見解もある。実際、彼が作家であると同時に重度の活字中毒者であったことはあまりに名高い。自分の服を質に入れてまで書籍を買っていたというエピソードもあるほどだから、たとえ知らずともその文字への傾倒っぷりは推して知るべしだ。彼は文字をこよなく愛しており、文字が書かれているならどんなものでも迷わず購入した。児童文学も勿論守備範囲内だったに違いない。

この作品は彼の唯一の理解者であった弟を亡くした年に刊行されている。三歳違いの弟であるマニューバ・グラッツェは、外交官としてロンドンに勤めていたことが明らかになっている。快活で社交的だった彼だが、二十七歳の夏、馬車に轢かれて亡くなった。唯一の理解者として、きょうだいとして、彼を愛していたブラバは、あまりにも早すぎる死をひどく嘆き悲しんだ。今で言ううつ病のような症状が見受けられたことが、現存する彼の主治医のカルテから見て取れる。そんな状態の中書き上げたのがこの「孤独の城」だ。島を彷徨う青年も、がらんどうの古城も、この作品を構成するすべてが彼の当時の虚しさや悲しさを何よりも物語っている。彼のファンは毎年八月二十六日に祈りを捧げる。マニューバに感謝と鎮魂の意を伝えるためだ。彼の亡くなった交差点には今も献花に訪れる人が後を絶たないという……。


……なおすべて幻覚である。

好評だったら彼の話をもう少し続けたいと思う。それではまた次の機会に。

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