ショートショート(24話目)パチプロ師匠
~7年前~
僕と高田先輩は浦和駅前のスターバックスにいた。
スーツ姿のビジネスマンばかりの空間で、ジャージ姿の高田先輩はかなり浮いていた。
「パチプロは期待値を追うことが大事だ」
高田先輩はそう言いながらフラペチーノを飲んだ。
「期待値ですか?」
「そうだ。期待値だ」
ごつい顔に太い腕。
プロレスラーのような見た目なのに甘いものが好き。
「期待値って何ですか?」
「説明が難しいな。そうだ」
高田先輩は鞄から2冊の雑誌を取り出した。
パチンコ攻略マガジンとパチスロ攻略マガジン。
どちらも最新号だった。
「いいか。パチンコならボーダーラインと呼ばれる勝ち負け分岐点がある。ボーダーラインはどの機種でも大体1000円あたり16回~20回くらいに設定されている。例えばボーダーラインが1000円あたり20回の台なのに、平均で18回しか回らない台ならば期待値が低い台だ。一方で22回回ったとしたらその台は期待値が高い台と言える」
「なるほど」
「ちなみにスロットは『設定』というものがある」
今度はスロット攻略マガジンを開き説明をはじめた。
高田先輩の説明はいつもわかりやすい。
「最近の機種だと大体設定4以上で期待値100%を超えるものが多い。だから、設定1とか設定2は極力避けることが大事だ。ただ、スロットはパチンコと違って期待値がある台なのかない台なのかは中々わかりづらい」
「そうなるとパチンコのほうが期待値が見えるぶん有利ですね」
「そこに関しては何とも言えない。スロットを甘く使ってるホールも今は多いからな」
「ケースバイケースなんですね」
「そうだ。それとパチンコに関しては大当たりしたときに開くアタッカー周りの釘や、電チューサポート中に重要になるスルー周りの釘によってもボーダーラインは若干変わってくる」
「ややこしいですね」
「それほど難しい話じゃない。女性だって見た目だけじゃなくて中身も大事だろ?」
「はい」
「パチンコもそういうことだ」
「なるほど」
「あと、スロットは目押ししないと子役がとれない。必ず目押しをして取りこぼしをなくすんだ」
「細かい作業ですね」
「ああ。ただ、細かい作業の積み重ねが大きな違いになる。パチプロはいかに出玉を出すかの職業じゃない。いかに出玉を節約するかの職業なんだ。これだけは覚えておけ」
高田先輩はそういうとチョコレートケーキを食べ始めた。
チョコレートケーキにフラペチーノ。
みてるだけで口の中が甘くなってきた。
高田先輩はケーキを食べ終わると「じゃあ、実践してみるか」といって席を立った。
僕と高田先輩は近くのパチンコ店に入店した。
「まずはシマの見物だ」
そういって僕らは店内を歩いた。
混んでる台は海物語、北斗の拳、ジャグラー。
その他の台はまばらだった。
「よし。偵察はできたな。お客さんは勝ちやすい台を知っていることが多い。だから、この店の狙い台は海物語かジャグラーだ」
「北斗の拳にもお客さんが結構いたようでしたが」
「あれは新台で人がついてるだけだ」
「なるほど」
「今日の実践機種はジャグラーでいこう」
僕と高田先輩は隣同士でジャグラーに座った。
「いいか。コインをいれて、マックスベットを押してレバーを叩く。この左側にあるGOGOランプが光ったら大当たりだ。常に左リールにはこの黒いBARってやつを狙うんだ。やってみろ」
僕は言われた通りにスロットを回す。
何ゲームか回すと高田先輩は「目押し上手いな」と言った。
「はい。視力1.5なんで」
「どおりで」
僕と高田先輩はそれからジャグラーを1日回した。
GOGOランプが光るたびに高田先輩は
「光ったら1枚掛けだぞ」とか「ぶどうがテンパイしたからボーナスを外せ」とか、色々な言葉を僕に投げかけた。
その日、僕はプラス2万円、高田先輩はプラス1万8000円だった。
高田先輩は帰り道「まさか弟子にいきなり負けるとはなあ」といって悔しそうだった。
僕は高田先輩にお礼として夕飯を奢ることにした。
高田先輩は最初「いらねえよ」と言っていたが、結局「牛丼くらいなら」ということで僕らは吉野家に入った。
牛丼を1分足らずで食べきった高田先輩は
「こんなうまいものが300円で食えるんだからな」と言った。
「スロットだと15枚ぶんですね」
「そうなんだよ。長いことパチプロをしていると、必ず負けが続くときがくる。そんなときはよく思うんだ。この金があれば牛丼何杯食えたのかなってな」
「そうですね。今日はたまたま勝ちましたが、毎回勝てるとは限りませんしね」
「ああ。大勝が続くと、ついつい懐が緩みがちになる。だけどな、パチプロたるものゆるみは禁物だ」
「肝に銘じておきます」
その日から僕のパチプロ人生ははじまった。
~現在~
初めて高田先輩からパチンコを教えてもらってから7年が経った。
僕にパチンコを教えてすぐ、高田先輩はパチプロを引退して不動産の営業マンになった。
いまでも時折、スターバックスで高田先輩と会う。
「早く定職に就けよ」
そういいながら、高田先輩はフラペチーノを飲む。
スーツ姿になった高田先輩を見ながら、スターバックスに似合う大人になったなと、僕は思うのだった。
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