ショートショート(42話目)鉄の鎖

深い海の中を堕ちていく。
そんな夢をみていた。

体温が低下していく感覚がして
呼吸が苦しくなって、目が覚めた。

目覚めたとき、違和感にはすぐ気づいた。
いつもの自分の部屋ではない。

知らない部屋、知らないベッドに寝ている。
ベッドの横には洋式のトイレ。
床にはトイレットペーパーが転がっている。

足首にひんやりとした冷たさを感じた。
左の足首に鉄の鎖がついている。
鉄の鎖は4mほどの長さがあって、鎖の先端は壁に取り付けられた金属の固定器具につながれている。

いま自分の身に起きている状況をどうにか理解しようと思ったけれど、どうにも理解が及ばなかった。


『おい』

急に女性の声がした。

声の方を振りむくと、10mほど離れたところに女性がいた。

年齢は、おそらく10代後半。
私と同じくらいだろうか。
ベッドの上にいて、やはり足首を鉄の鎖でつながれている。


「あなたはだれ?」

『タカヒラナギサ。高校生だよ。あんたは?』

「西園由香里。私も高校生。ねえ、ここはどこ?なんであなたはここにいるの?」

『知らねえよ。おおかた拉致か監禁だろ』

「え?なにそれ?」

『どっかの変態さんが、私たちをここに連れてきた』

ナギサはそう言ってケラケラと笑った。

「ねえ。あなたはなんで笑ってられるの?」

『ん?そうだなあ。私はもしかしたら、こんなチャンスを待っていたのかもしれないね』

「チャンス?」

『そ。チャンス。私、ここにくるまで1年以上引きこもりしてたの。だから、毎日のように、こんなことが起きないかなあって待ってたのよ』

「なにを待ってたの?」

『死ぬチャンスよ。強盗でも、拉致でも監禁でも何でもよかった。腐った人生から抜け出せるなら、なんでもよかった』

「そうなんだ...。」

『あんたは?なんでここにいるか分かる?』

「分からない。だけど、私も引きこもりだった。タカヒラさんと同じ。腐っているような毎日だった」

『へー。じゃあ、もしかして、あんたもこんなチャンスを望んでた?』

「ううん。帰りたい。私は帰りたい。自分の家に」

『帰ってどうするの?腐った毎日がまた始まるだけだよ』

「だって、ここにいたら死んじゃうかもじゃん」

涙が溢れてくる。なんで、私がこんな目に合ってるんだろう。

ガコン

すぐ近くで大きな音がした。
なにかと思って音のほうを見ると、壁に掘られた小さい長方形型の空間のなかに食事が置かれていた。トレイの上にはパンと野菜スープが置かれている。


『お、食事の時間かあ。どうやら、餓死する心配はなさそうだなあ』

タカヒラのほうにも同様に食事が来ていた。

「ねえ。誰がこんなことしてるんだと思う?」

『知らねえよ。どっかの変態さんだろ』

「この食事、毒が入ってるかもよ」

『お、そりゃあいいねえ。なるべく苦しまずに死ねるような、そんな毒だといいんだけどなあ』

タカヒラはそういって食事をはじめた。
5分ほどでタカヒラは食べ終わると
『食べねえのか?おまえは?』と言った。

「食べない。食欲ないし。よくこの状況で食べられるね」




~~~


「おーーい!!!ここから出してよー!!!」

大声で何回も叫んだ。
だけど、誰も来なかった。

『うるせえな。余計な体力使わないで、寝とけよ』

「そんなこといったって。早くここから出たいから」

『でてどうすんだ。おまえ、引きこもりなんだろ?家帰ったって、ここと大して変わんねえだろ』

「だって。だって、殺されるかもしれないんだよ」

『安心しろ。殺すつもりならとっくにやってるだろうし、わざわざ食事持ってくるかよ。それにな、こう見えて私たちはだいぶ丁重に扱われている』

「どういうこと?」

『さっききた食事あっただろ?あれ、有機栽培だけで作られた高級食材だぜ。あ、まだ由香里はたべてないのか。』

「なんで、そんなことがわかるの?」

『栄養士目指してた。だから、添加物の味がわかるんだ』

「そ、そうなんだ」

『ああ。だからまあ、うちらは大事な人質さんってとこだな。しかし、拉致したやつらも、わざわざ引きこもりを狙わなくたってよさそうなもんだけどなあ。身代金要求したら、私の親なんて食い扶持が減るから助かりましたとかいいそうだよ』

タカヒラはそういってケラケラと笑った。


「確かに、タカヒラさんの言う通り、すぐに殺される心配はないかもしれないけど、それでも私はここからでたい」

『でてどうすんだよ?』

「わからない。だけど、出たい」




~~~

ガコン

定期的に食事はきた。
今回で4回目だった。
食事が1日に3回運ばれてくるとしたら、監禁されてから丸1日が経過したことになる。


『どうした?全然食べねえな』

「うん。食欲なくって。そういえば、タカヒラさんって漢字で書くとどう書くの?」

『高橋の高に、比べるの比、それから良いって書いて、高比良。ナギサはわかるよな』

渚だろうと思った。一般的にナギサは渚だ。

「高比良さんは、ここからでたくないの?」

『どっちでもいい。でたところで待ってるのは絶望だしな』

「そっか。高比良さんは、なんで引きこもりになったの?」

『信じてた友達に裏切られた。ずっと信じてたやつが、いつの間にか私を苛めるリーダーになってた。それで、学校にいかなくなった』

「そうなんだ。それは辛かったね」

『おまえはなんで引きこもりになったんだよ?』

「私は、なんとなく学校にいくのが面倒くさくなっちゃって。勉強もスポーツも、昔から好きじゃなかったし、それを強制させられる学校を気持ち悪いと思った。それで引きこもりになった」

『ははっ。確かに気持ち悪いかもなあ、学校ってやつは。で、引きこもって毎日なにしてたんだよ?』

「ほとんどゲーム。朝からずっとゲームして、眠くなったら寝て、起きたらまたゲームの繰り返し」

『ここにゲームがあればよかったなあ』

高比良はそういってケラケラと笑った。

「確かに、ここにゲームがあれば、いつもと何も変わらないのかもね。私の人生って、ほんと何なんだろ…。」



~~~

ガコン

9回目の食事が運ばれてきた。
いつもの食事と違うことはすぐにわかった。

チャッカマンに小さい鍋。それに固形燃料もある。

『おお。なんか旅館みたいじゃねえか』

高比良は嬉しそうに笑った。

これまで何も食事をとっていなかった私も、鍋の中の牛肉をみて食欲が湧いた。

固形燃料に火をつけ、鍋を温める。
赤い炎をみると、なぜか気分が落ち着いた。

久しぶりの食事。
鍋に入ったスープを飲んだとき、涙があふれた。
いつもの食事の何百倍も美味しかった。

『泣きながらメシ食うやつ、はじめて見たわ』

高比良は私を見てそういった。

「いつも自分の部屋で食べる食事は味がなかった。だけど、これはちゃんと味がある」

『面白いこというやつだな。いつだって、メシに味はあんだろうよ』

「そうかもね。たぶん私が感じていなかっただけなのかも」

食事に満足した私は、眠りについた。

こんなに安心した気分で眠るのはいつぶりだろうと思った。




~~~

ダクトの音だけが響いていた。

ここにきてから何日が経過しただろう。


『由香里、ゲームしたいか?』

「ううん。それより外に出たい」

『そうか。由香里は、外にでるのが好きだったのか?』

「ううん。自宅にいるときは、家から出ることはほとんどなかった」

『不思議なもんだな。自由に外に出れるときは外にでたいなんて思わなかったのに、監禁されると外にでたいって思うようになるなんてな』

「うん。そうだね。ほんと、不思議」


鉄の鎖につながれたまま、食事だけが運ばれてきて、特にやることもなく、私は何日も過ごした。

ふと、私の人生はいったい何のためにあるのだろうと思った。

高校を不登校になったのは1年前。

生きているのか死んでるのか分からないような毎日。

食べて寝るだけを繰り返すルーティーン。

朝起きたときの太陽の光がつらかった。

夜の街灯をみると孤独を感じた。

私の居場所なんて、この世界に一つもない。

虫みたいに、踏みつぶされて死んじゃったらいいのにと、そんなことをずっと思っていた。

だけど...…。

いまは、生きたい。

そう思った。

辛かった朝の太陽も、孤独を感じた真夜中の街灯も、お母さんの手料理も、くだらないスマホゲームも、すべてが愛おしく感じた。


ガタン


何度目の食事だろう。

今日の食事は...。

牛ステーキ...。

鉄板の上におかれた、霜降りの牛ステーキ。

備え付けられていたナイフで、ステーキを切る。

口の中にいれると、ステーキは溶けてなくなった。



『今日はステーキかよ!』

高比良は貪るように食べた。

「美味しい。こんなにおいしいお肉、はじめて食べた」

『ああ、そうだな。これは最高級のステーキだ!』

「私たち、人質だよね?なんで、こんないいお肉を出すのかな?」

『知らねえよ!とにかく食っとけ!』


食事を終えて床を見ると、黒い破片が落ちていた。

破片を拾い上げると、ベトベトとしている。

(これはなに?)

私はハッとして、足につながれた鉄の鎖を見た。
鎖の一部が剥がれ落ちている。

「高比良さん、この鎖、一個だけ鉄じゃない」

『なに!?』

「ほら。これ、飴の原料みたい。鎖の部分、一つだけ鉄じゃない」

『ほんとだ。全然気づかなかった』

「あ、そうだ」

以前、食事の時についてきたチャッカマンで、その部分を私は熱してみた。熱した部分は変形して溶けてなくなり、そのあとにコイルのような鉄線が数本残った。

鉄線をなんとか指で引きちぎろうとしたけど、指でちぎるには硬すぎた。

『ナイフ!このナイフつかえば、切れるかも』

ステーキに備え付けられていたナイフは、通常のステーキナイフではなく、ペティナイフだ。これなら鉄線を切れるかもしれない。

私はナイフを手にとり、必死に鉄線を切った。

2分ほどで鉄線は切れた。

これで動ける。

高比良も同時に鉄線を切り終えていた。

『由香里、いこう』

ベッドから10mほど離れたところに、木製の扉がある。

鍵がかかっていたとしても、この扉だったら蹴破れるかもしれない。

私と高比良は扉の前までいき、恐る恐るドアノブを回した。

ドアに鍵はかかっていなかった。

部屋の外にでると、長くて暗い通路が左右にあった。

「どっち?どっちにいく?」

『こっち。こっちにいこう』

高比良が左を指さした。

私と高比良は走った。

監禁したものに見つかりでもしたら、殺されるかもしれない。

通路の先に、また扉があった。

おそるおそる扉をあけると、中は真っ暗だった。

「待って。私が先にいく」

真っ暗の部屋の中に入り、慎重に歩を進める。


プシュー

その刹那、天井から煙が吹いてきた。

煙を吸い込んだ私は、意識を失った。




~~~~~

気が付いたとき、私は自宅のベッドのうえにいた。

なんでも、私は1か月ほど行方不明だったそうだ。

昨夜、自宅の前で倒れているところを母が発見して、ベッドまで運んでくれたらしい。


日常は戻ってきた。

窓から差し込む光に、今日は少しだけ希望を感じた。

その日は昼まで横になって、それから母が作ってくれたうどんを食べた。

夕方になって外にでてみると、雨が降っていたようで地面が濡れていた。

アスファルトの香りが、ひどく懐かしく感じた。


~~


「バイト先、探してみようと思う」

そう母にいうと、母は『どうしたの?いったい』と驚いた。

「美味しいステーキ、食べたくて。だから、バイトする。学校は気が向いたらいくよ」

『そう』

「いままで、ごめんなさい。迷惑かけて」

『何言ってるのよ』

母の眼には涙があふれていた。

零れ落ちないのが不思議なくらい、涙で溢れていた。





~~~

ガチャ(扉が開く音)


「プログラムはこれにて終了です。由香里さん、その後いかがですか?」

『帰ってきて、さっそくバイトがしたいって言ってました。学校も気が向いたらいくって。本当にありがとうございました』

「いえいえ。それではご精算をお願いします」

付き添い被験者代金 30万円(税込33万円)
食事代(30日ぶん) 3万円(税込3.3万円)
オプション(佐賀牛) 1万円(税込1.1万円)
管理費(1カ月)   5万円(税込5.5万円)
        合計39万円(税込42.9万円)

『じゃあ、カードでお願いね。あ、あと由香里が高比良さんに会いたいっていってるんだけど、会わせることってできる?』

「申し訳ございません。それは規約でできないことになってます」

『そう。そうよね。バレちゃうもんね』

「ええ。彼女はうちの従業員ですから」

『また、なにかあったらよろしくお願いしますね』

「はい。また、なにかあれば」


(end)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?