ショートショート(19話目)パチンコ生活者のアルバイト

パチンコ業界を取り巻く環境の変化によって、パチプロだった僕の収入は大幅に減少した。

パチンコ店の回収日といわれる土曜日や日曜日でも、かつては魅せ台として開放する店もあったが、最近は魅せ台もなくなり、僕は土日の稼働をやめた。

稼働がなくなると途端に週末が暇になり、アパートでゴロゴロしているのにも飽きた僕は、週に2回深夜のコンビニでアルバイトをはじめた。

夜22時から朝の6時までが勤務時間。

時給は1250円だった。

昼間は混み合うこのコンビニも、深夜になると途端に客足は減る。

それなのに時給は昼間より25%も高いのだから、昼のシフトに入る人が僕には理解できなかった。

お客さんの殆どこないコンビニで、僕は何をするでもなく、ぼんやりと外の風景を眺めていた。


僕は夜が嫌いだった。

夜に一人でアパートにいるときなどは静寂と暗闇に押し潰されそうになった。

僕がパチプロをしているのは、人があまり得意ではないのと、夜の闇に耐えられないからだ。

パチンコ店の中にいる時だけ、僕は孤独であることを忘れることができた。


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午前5時50分。

勤務時間も終わりかけの頃、お客さんが入ってきた。

僕は「いらっしゃいませ」と小さく言う。

そのお客さんはコーヒとパンをレジに持ってきた。

僕がレジを打っていると、お客さんが

「あれ?吉村君、だよね?」と言った。

その顔には見覚えがあったが、すぐに思い出すことはできなかった。

「どちら様、でしたっけ?」

「大学の時に同級生だった金子です。覚えていませんか?」

僕は記憶の糸を探った。

金子幸人。

大学の授業で、よく僕の隣の席に座っていた。

特別仲が良かったわけでもなく、時折グループワークで会話をする間柄だった。

「金子くんか。覚えてますよ」

「やっぱり吉村君か。久しぶりだなあ。勤務時間は何時までなの?よかったら、朝食でも一緒にいかない?」

「もうすぐ仕事が終わります。少し待っててください」


~~~

僕と金子はデニーズに入った。

金子はサニーサイドアップモーニングを注文し、僕はドリンクバーを注文した。

「いやあ。まさかこんなところで吉村君に会えるなんて思ってなかったよ。吉村君、いまなにしてるの?」

「土日はコンビニでアルバイトして、平日はパチンコをして生計を立ててるよ」

「吉村君、頭よかったのにパチプロなんだ。なんか、残念だなあ」

「金子君はいま何してるの?」

「IT企業でマネージャーをやってるよ。いま部下が10人くらいいて、大変だけどやりがいはあるよ。それにしてもさ、吉村君。いまの自分に満足してる?」

「どういう意味?」

「いや、ほら、君は頭がよかったしさ。まさかコンビニのアルバイトしてるなんて思わなかったから」

「それはコンビニのアルバイトを馬鹿にしてるってこと?」

「いや、そんなことはないけど…。だけど、コンビニのアルバイトなんて誰にでもできる仕事だろ?吉村君がやっているのが、なんだか不思議でさ」

「コンビニのアルバイトも立派な仕事さ。事実、金子君だってお世話になっているだろ?」

「まあ、そういわれたらそうだけどさ。でも、パチプロはどうだい?さすがに胸を張れるような職業じゃないだろう?」

「僕には僕の生き方があるから......」


しばらく沈黙があった。

僕はエスプレッソを飲んだ。

砂糖をいれれば良かったと思った。


「あのさ、もし君さえ良かったらなんだけど、うちの会社にこない?」

「え?」

「いま、うちの会社は採用拡大中でね。業績も好調なんだ。いきなり正社員採用は難しいけど、よかったらアルバイトからはじめてみない?時給だって、コンビニのバイトよりは多くだせるよ」

「ありがたい話だけど、断るよ」

「なんでだい?」

「僕はいまの生活に満足してるんだ。確かに収入は少ないし、将来の保証もない世界で生きてるけど、いまの生活は僕にあってるんだ」

「そっか。残念だよ」

「気持ちはありがたいよ」

「僕は大学時代、君に憧れていたんだ。正確にいえば、憧れと嫉妬の両方の感情が入り混じっていた。君は大して努力もしないのに勉強ができたし、いつも冷静沈着だった。それと気づいていなかっただろうけど、君は大学の時かなりモテてた」

「それは知らなかったよ」

「これからも吉村くんはいまの生活を続けるの?」

「うん。そのつもりだよ」

「わかった。もしも、気が変わったら電話してほしい」

金子はそういって僕に名刺を渡した。


「ありがとう。なにかあれば連絡するよ」

「吉村君、彼女はいるの?」

「いないことをわかってて聞いてるの?」

「いや、ごめんごめん。なんか、今日の僕は嫌な奴だね。僕は2年前に結婚してね、子供が1歳なんだ。吉村君も、いつか結婚するのかなって、ちょっと気になってね」

大学を卒業して6年が経ち、僕も金子も28歳になった。

月日の流れは良くも悪くも人を変えていく。


「今日はいきなり誘ってごめんね。これから吉村君は自宅に帰るの?」

「ううん。今日はパチンコ屋にいくよ」

「そっか。身体には気を付けてね」

僕と金子は別れた。

太陽のまぶしい朝だった。



~~~

朝10時。

少し睡眠をとればよかったと思いながらジャグラーに座った。

コンビニで働いているときよりもスロットのレバーを叩いているときのほうが、なぜか生きていることを実感できた。

僕は多分、先天的に社会不適合者なのだと思う。

金子のように、結婚して子供がいて、会社のマネージャーをしている者もいれば、僕のように人生のほとんどをパチンコ店で過ごすものもいる。

どんな人生であっても、いまに満足して生きることが大事なのだと、僕は自分に言い聞かせる。


この日、初めての当たりまでは1万円かかった。

8時間ぶんのバイト代がわずか30分足らずで消える世界で僕は生きている。

僕は光り輝くGOGOランプをみながら、今日は帰って寝ようかなと、そんなことを考えていた。





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