ショートショート(18話目)パチンコ生活者の借金
GOGOランプが虹色に光った。
時刻は22時20分を回っていた。
プルタブを開けたまま、殆ど飲んでいなかった缶コーヒーに口をつける。
パチンコ生活もまもなく4年目を迎えようとしていた。
今日の勝ち額は4000円。
パチンコ屋をでて、吉野家で牛丼を買う。
朝から缶コーヒー以外、何も口にしていなかった。
湿り気を含んだ風が頬を撫でる。
明日は雨が降るかもしれない。
そんなことを思いながら、帰路についた。
~~~
パチンコをしていると、運の波を感じることがある。
良くも悪くも、運の波は必ず訪れる。
適当に打っても期待値を大幅に超える勝ち額を収めることもあれば、その逆に思わぬ不運で負け続けることもある。
今月の僕に訪れたのは良くないほうの波で、残金は底をつきかけていた。
最後の千円をサンドに入金したが、それでも大当たりはやってこなかった。
パチンコ屋をでて自宅のアパートについたのは17時だった。
僕は携帯電話で高田先輩にメッセージを送った。
『申し訳ないんですがお金を貸してくれませんか?』
返信はすぐにきた。
『今日20時に浦和駅前のスターバックスに集合な』
~~~
約束の時間の5分前に僕はスターバックに着いた。
すでに高田先輩は窓際の席に座っていて、フラペチーノを飲んでいた。
「久しぶりだな。俺に連絡してくるってことは、パチンコの調子はよくないようだな」
「ええ。お察しの通りです」
「吉村。おまえ、確か早稲田大卒だったよな?」
「はい」
「そろそろ、まっとうに働くつもりはないのか?」
「いまのところありませんね」
高田先輩は「ふー」と息を吐いた。
「おまえは学歴もあるし、まだ若い。いまならそこそこの企業に就職もできるだろう。だけど、あと5年もしたら就職すらできなくなるかもしれない。それでも今の生活を続けるのか?」
「そのつもりです」
「おまえにパチンコを教えたこと、俺は後悔してるんだ」
「僕は高田先輩に感謝してますよ」
「吉村、今年のパチンコの収入はどのくらいだ?」
「月に平均で12万円ほどです」
「月間の稼働時間はどれくらいだ?」
「300時間くらいですね」
「時給にしたら400円か。最低賃金以下じゃないか」
「そうですね」
「おまえ、大学卒業して大日銀行に就職したんだよな。なんで辞めたんだっけ?」
「お金がない人にお金を貸さず、お金を持っている人にお金を貸すという仕事に意義を感じなかったからです」
「パチンコに意義はあるのか?」
「ありません。でも、ストレスもありません」
高田先輩はやれやれといって頭を掻き、鞄から封筒を出しながら言った。
「8万円入っている。俺としては、この金でスーツを買って就活をしてもらいたいと思っている」
「その期待には応えられそうもありません」
「そういうと思ったよ。返済期限は設けないから返せるタイミングで返してくれればいい」
「高田先輩から教わったこと、いまでも大事にしてます」
「俺、何か教えたっけ?」
「パチプロはいかに出玉を出すかの職業じゃない。いかに出玉を節約するかの職業だってやつです」
「ああ。昔そんなこと言ってたかなあ」
「人生においても、生きるコストを節約することは大切だなと感じています」
「どういうことだ?」
「いま、家賃2万9千円のアパートに住んでいます。最寄駅まで自転車で20分かかりますが、困ったことはありません。それと、食事も1日1食にしてます。だから、月に6万円ほどパチンコで勝つことができれば僕は生きていけます」
「慎ましい生活を送っているな」
「はい。でも、いまの生活には満足してます。サラリーマン時代はどれだけお金を稼いでも足りなくて焦ってましたから」
「そうか」
「パチンコ生活で沢山のことを学びました。だから、パチンコを教えてくださった高田先輩には感謝してます」
「これから、ますますパチンコ業界は厳しくなるぞ。それでも今の生活を続けるのか?」
「そのつもりです」
高田先輩は「分かったよ」といって、残りのフラペチーノを飲み干した。
高田先輩自身、12年間パチプロをやっていたから、僕を止められないと気づいたのだろう。
3年前ほど前、高田先輩はパチプロをやめて不動産の営業職についた。
ワックスで固められた髪型と、少しだけくたびれたスーツがよく似合っていると僕は思った。
「お金、必ずお返しします」
そういって僕は封筒を鞄にしまった。
〜翌日〜
空はどんよりとしていて、いまにも雨が降り出しそうだった。
僕は10キロ離れたパチンコ店に僕は自転車で向かっていた。
朝10時。
パチンコ店に入店した僕は狙い台だったジャグラーに座った。
5ゲーム目にGO GOランプが光り、ビッグボーナスが揃う。
その後も早いゲーム数での大当たりが続き、その日は閉店近くまで稼働をして10万円ほどのプラスで終えた。
外にでると、雨が強く降っていた。
今日は大勝と引き換えにずぶ濡れになりそうだ。
こんな生活がいつまで続くのだろう。
今日勝てたからといって明日勝てるという保証はどこにもない。
年々厳しくなるパチンコ業界に見切りをつけて、高田先輩は就職という道を選んだ。
僕もいずれそうなるのかもしれない。
僕は高田先輩に
『明日、借りていたお金お返しします』
とメッセージを送り、自転車にまたがりペダルを漕いだ。
夜の闇が、今日は一段と深く見えた。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?