ギフテッドに告ぐ

〜はじめに〜

この世界では傑出している才能を持っている人は生きづらくなるようにできている。

15世紀から16世紀を生きたコペルニクスは地動説を唱えたことにより狂人扱いされた。真実を語る者はいつの時代も異端とされるのが宿命であり、それは現代でもそれほど変わっていない。これに関しては、なぜそのように世界を作ったのかを神に聞いてみたいところである。(もっとも、神が存在しないからこそ世界は不完全なのかもしれないが)

さて、私はギフテッドには2種類いると考えている。1種類目は世間からの圧力に負け、自分を閉じ込めているため才能を発揮できないタイプで、2種類目は世間からの圧力を無視して自身の能力を発揮するタイプだ。この世界には1種類目の埋もれているギフテッドがあまりに多いと私は感じている。そんな人たちのために、私は本書を書くことを決意した。どの章から読んでも構わないし、いま必要なことだけを抜粋して活用してもいい。

私はこれから文章を書く際に、なにも考えることができず、行動を起こせない人たちのことを「世間」と呼ぶことにする。大いに語弊もあるだろうが、便宜上そうさせていただく。

また、本書は可能な限り、余分な内容は書かないことにした。そうすることで読み返すことができると思ったからだ。

悩めるギフテッドたちにこの言葉が届くことを祈っている。


第1章 メッセージ

ギフテッドへのメッセージ①
「絶対」を疑いなさい

この世界は真の絶対など存在せず、あるとしたら個人の主観の中にしか存在しない。疑うべきは下記のようなパターンだ。

パターン1「神は絶対に存在する」
パターン2「神は絶対に存在しない」

上記の2つはどちらも明確に証明できないことに対して「絶対」という言葉を使っており、これらの思考は一定の情報を見落としているだけなのだ。ちなみに、「絶対◯◯である」という発言は思考停止をしている世間の得意技だ。

例えば、思考停止していない者であれば神についてこう言及するはずだ。

「神は存在しているか存在していないか、私にはわからない」、と。

真理は常に中庸に存在しており、この世界で白黒つけられることなどほとんど存在しない。ところが、世間はとかく白黒をつけたがる。まるで、白か黒かを断定することが賢者であるといわんばかりだ。真の賢者はこの世界のほとんどが灰色でできていることを知っている。だから、賢者ほどわからないことを素直に認めることができるのだ。

君たちに対して「絶対◯◯である」という言葉を使ってくる者がいるだろうが、その言葉を真に受けてはいけない。ただし、君たち自身もそう思ったのであれば、そのことを信じてみるといい。

人は信じることで行動を起こすことができるのだから、「絶対は存在しない」と認識したうえで、信じることにしなさい。

君たちの能力や才能を悪用しようとする人はたくさんいる。自分の才能が特定の人の私利私欲を満たすためでなく、世界を少しでも良くするために使うことを決意しなさい。

いま、世間で信じられている常識を常に疑い、どれほどの批判を受けたとしても、君たちは君たちが信じた道を突き進みなさい。

ギフテッドへのメッセージ②
その人の信用できる部分を正確に探しなさい

君たちはこれから沢山の人とのご縁を授かることになるだろう。そのなかには、見た目からして怪しい人物や、一見すると聖人に見える者など様々いるだろう。君たちの能力はたくさんの人に支えられてこそ発揮されるから、パートナー選びは重要となってくる。そこで、君たちは人を見抜く能力を養っていく必要がある。

人には信じられるところと信じられないところがある。これは誰であってもそうで、すべてが信じられる人など存在しない。そして、なるべく正確にその人の信じられる部分を言語化して、認識しなさい。

例えば、「この人の絵のうまさを信じている」や「この人の歌声を信じている」などである。

この時に「信じた部分以外は信じていないのだ」と認識することも重要だ。そうすれば、君たちが傷つく回数は減ることだろう。

君たちはこれから、どういう順序で物事を進めていくかを考え、計画を立てる必要がある。計画を立てることができたならば、「この部分が信じられる人とパートナーを組む必要がある」と答えが出るはずだ。その際に、人を見る目が必要なのだ。

君たちはこれから、たくさんの人に裏切られ、傷つくことになるだろうが、そういった経験のなかで鑑識眼を養うのだ。

人には信用できる部分と同じ数だけ信用できない部分があるのだから、それをしっかりと見極めなさい。

人を信じることと人を疑うことは同じくらい大切なことなので、誰彼構わず信じるのは危険だし、疑いすぎてはリターンが得られないことも多々ある。

ほどよく信じ、ほどよく疑うということも心がけなさい。

ギフテッドへのメッセージ③
自分自身が誰かにとって希望の光になっていることを自覚しなさい

人間は2種類にわけることができる。1種類目は希少性が高い人間で、2種類目は希少性の低い人間だ。ギフテッドの君たちはもちろん前者に属する。

希少性の高低で人間の価値などは決まらないが、希少性の高い人物の存在は希少性の低い人間にとって希望の光なのだ。そのことを強く意識して君たちは生きなさい。

もしも、この世界に宿命や使命というものがあるならば、君たちが抱えているそれらは他の人に比べて遥かに重い。重いということは、言い方を変えればそれだけ大変ということだ。

君たちが有名になればなるほど、否定する者も増えるだろう。しかし、それはこの世界で最も不要だと私が思っている「嫉妬」という感情なのだ。嫉妬されるということはある意味で勲章でもあるのだから、それらを君たちが気に留める必要は全くない。それよりも、君たちを望んでいる人たちのために生きることを決意しなさい。

もしかしたら君たちは「たった一人で世界を変えられるはずがない」と思っているかもしれないが、歴史を遡れば一人の偉大な指導者や英雄がに世界を変えてきたという事実がある。君たちが目指すのはそこだ。

そして、君たちが英雄視されても、決して驕り高ぶってはいけない。君たちが英雄になれたのは周りの人たちの協力があってこそであり、そのことを生涯忘れてはならない。可能な限り、周りの人たちへの感謝も忘れずに行いなさい。

人は希望があるからこそ、絶望の淵でも生きていくことができる。絶望を感じる人の一筋の光であり続けなさい。

また、君たち自身が絶望を感じることもあるだろう。そんな時は自分が誰かにとって希望の光となっていることを意識し、何度でも立ち上がりなさい。

ギフテッドへのメッセージ④
自分の能力で信じられるところを一つ見つけなさい。そして、それを磨き続けなさい

自分自身のことは自分が一番よくわからないものだ。それはなぜかというと、他人のように自分を感覚野で認知することができないからだ。

君たちが才能を発揮するにあたって、自分自身の優れている箇所をみつけ、その能力を信じる必要がある。それでは、その能力をどうやって見つけるか今から教えよう。

普段、意識をしていないかもしれないが、1日のなかで君たちは多くの行動や思考をしている。その中には、義務感から行っている行動もあれば、無意識で行っている思索など、色々とあるだろう。人の真の長所というのは無意識下にのみ存在しており、君たちが無意識でやっていることや考えていること、感じていることはなにかを書き出してみたまえ。

書き出しが終わったとき、それが複数ある場合は1つを選び、そのことに集中して実行しなさい。

やり続けた結果、「これは違う」とおもったのならば変更しなさい。ただし、1つを選んだのならば、明確な理由もなくそれをやめてはいけない。やめていいパターンはただ一つ、「これ以上は進めない」ということを確信したときだけだ。

これ以上は進めないと思ったとき、君たちは一度絶望の淵に立つことだろう。しかし、君たちが進んだことは決して無駄にはならない。

君たちは道を歩んだ結果、強靭な肉体や不屈の精神力、実践知などを培っているのだから、歩いた道は無駄にはならない。だから、迷わずに進みなさい。

それを繰り返していけば、君に適したフィールドは必ず見つかる。適したフィールドがわかったら、適切な方向性で継続的に努力をして、才能を磨きなさい。そうすれば、君たちは人類の役に立つことができるだろう。

人は誰しも自らの才能に気づかないものだ。そして、世間は君たちの素晴らしい才能を称賛することも少ない。だからこそ、自分の才能は自分で見つけるのだ。

ギフテッドへのメッセージ⑤
誰に対しても礼儀礼節を持って接しなさい

前述したが、君たちの才能はたくさんの人たちの支えがあって開花し、世界に影響を与えていく。君たちには信頼できる仲間が必要だ。

君たちギフテッドが神輿の上に乗る役割ならば、神輿の下で君たちを担ぐ人たちが必ず必要となる。

仲間を増やすにあたり、最も簡単にできることは礼儀礼節を持って人と接することだ。礼儀があるだけでご縁は広がり、挑戦できる機会は確実に増える。

機会を頂き、挑戦の数が増えることで君たちが持っているスキルは確実に上がっていく。逆にいえば、挑戦する機会を与えられなければ成長も鈍化するということだ。

礼儀礼節を持って人と接することがどういうことかというと、まず、しっかりと相手の話に耳を傾け、その話を理解しようとすることだ。そして、貴重な時間を頂いたことに対してお礼を述べること。間違っても相手の思想を否定してはいけない。そして、可能な限り丁寧な言葉使いをしなさい。

礼儀礼節をわきまえない人はとても多い。だからこそ、礼儀礼節がしっかりしているだけで挑戦の機会をいただくことができる。高次で仕事に取り組んでいる人たちは、君たちの一挙手一投足をみていると思いなさい。ちょっとしたことで君たちが信用を失うことだってあり得る。

昨今ではインターネットが発達し、自由に発信することができるようになったが、そこで発信する言葉や内容も礼儀礼節をわきまえたものになっているかを確認しなさい。そういった君たちの情報は、高次の人はすべて確認したうえで君たちと関わるかどうかを決めるからだ。

私は君たちと違い凡人だが、礼儀礼節をわきまえたことで多くの挑戦の機会をいただいてきた。君たちが礼儀正しければ、きっとより多くの機会をいただくことができるだろう。

礼儀礼節を身につけることは後天的な努力でできる。もしも君たちがいま、それを持っていないのであれば時間をかけてそれを養うといいだろう。


ギフテッドへのメッセージ⑥
聖人君子のように生きなくても構いませんが、あまりにモラルを欠くような行動は慎みなさい

どんな天才でも、一つの過ちで地に落ちることがある。犯して良い過ちと犯してはいけない過ちがあることを理解し、行動しなさい。

極端に信用を失えば、君たちは社会から抹殺され、這い上がるのは難しくなる。

例えば、コメディアンの多くは観客を楽しませることによって対価をいただいているが、もしもプロのコメディアンが殺人を犯してしまったらどうだろう。観客はそのコメディアンのショーではそれ以降笑えないはずなので、このコメディアンはもはやプロとは言えない。

このように、スキルや才能というのは一定の信用があってこそ成り立つものであり、信用なくしてスキルや才能は開花しない。

多くの才能ある人たちがたった1回の失策によって仕事を失っていく様を、君たちもみたことがあるはずだ。君たちはそうなってはいけない。

信用さえ失わなければ、生きている限り君たちは誰かに影響を与え続けるだろう。

だからといって、聖人君子のように生きろとは言わない。ほどほどにモラルを守って生きていくだけで構わない。

刑法は先人たちが作り上げた、最良の仕組みであると私は思う。最低でも刑事罰を受けないような生き方をしなさい。長く活躍するには、突出した能力を持つことも大事だが、致命的な失策を起こさないことも重要なのだ。

ギフテッドへのメッセージ⑦
今晩死ぬとしても後悔しないように生きなさい

10代の頃、人生は永遠のように長く感じられるものだ。しかし、30代をすぎる頃には自分の人生は想像より遥かに短いものだと認識してくる。

そして、50代や60代になってから「ああすればよかった」と後悔しても遅い。もう挑戦する体力や気力が残されていないからだ。

だから、いまから後悔のない人生の選択を君たちはしたほうがいい。

仮に今晩死ぬとしたら、君たちは後悔しないだろうか。もしも後悔するとしたら、後悔しないようにいまから生きてほしい。

夜眠りにつく前に、やり残したことがあるならば、やってから寝なさい。

やるかやらないか迷っていることがあるならば、いますぐやりなさい。

感謝を伝えることができていない人がいるならば、いますぐ感謝の言葉を伝えなさい。

そうやって、後悔は極力小さくしていきなさい。

後悔は完全に0にできるものではないが、大きければ大きいほど良い人生ではなくなっていくのだから、一分一秒を大切に生きなさい。



第2章 情報の取捨選択について

第1章では、君たちギフテッドにこれだけは覚えていてほしいというメッセージを記載した。それほど難しいことではないはずだから、すぐに実践できると思う。

これらのメッセージは私が人生において早めに気づいていれば良かったというものだけを記載した。君たちがこれを習得することができれば、人生の巧者になれるはずだ。

さて、話は変わるが、私はギフテッドではない。私の代わりなどいくらでもいるし、存在していても存在していなくてもそれほど人類の未来に影響を与えることのない、ただの凡夫だ。

ただの凡夫がギフテッドの君たちに意見をするのはおかしいと思うかもしれない。しかし、私はかつて、君たちのようなギフテッドを目指して必死に努力した経験がある。その結果、君たちと私との間には埋めようのない差があることに気づいたわけだが、この差に気づくまで努力をしてきたからこそ、私はその道のりで様々なことを学んだ。その全てを記したのが第1章だ。

先人たちの声に耳を傾けることは、リスクを多分に孕んでいる一方で、大きなリターンを得られることもある。

リスクとしての例は、その時代にしかそぐわない流動的な情報の場合だ。特殊的で流動的な情報は凡庸性が高く、使い物にならないガラクタも多い。これらの情報に耳を傾けても無駄だ。

一方で、リターンを得られる情報は普遍的で汎用性が高いものだ。それらの情報を君たちがいち早く取得し、実行することができれば、先人たちが犯した失敗を繰り返さないで済む。

先人たちが犯した失敗を繰り返している時間はないと、君たちには認識してほしい。転ばぬ先の杖はすでに用意されている。その杖を持って、君たちはまだ誰も歩いたことがない道を歩くのだ。そして、誰も歩いたことがない道の情報を今度は君たちが記し、未来に残すのだ。そうすれば、君たちが犯した失敗も未来へ引き継がれていくことだろう。

また、情報にも絶対は存在しないことも君たちには伝えておく。私が第1章で述べたことはすべて統計(確率)的にこうしたほうがいいというものに過ぎない。ただ、統計(確率)的にこうしたほうがいいということを侮ってはいけない。

例えば、栄養学のほとんどは統計を元に成り立っている。これを食べたら健康にいいとか、あれを食べたら身体に悪いとか、それらのほとんどは統計によるものだ。

統計的に良いということを繰り返し行っていくことによって、いずれはその統計通りの結果がでる可能性が高いのだから、あることを短期間やってみたが効果がなかったので辞めたというのはご法度だ。統計や確率は長期間でしか効果を測れないからだ。

逆に言えば、すぐに効果がでたからこれだけはやろうと決めつけるのも早計だ。このへんのことは覚えておくといいだろう。

また、情報摂取をした際はその情報が本当に役に立つものかどうかを必ず自分の頭で考えなさい。その上で、その情報をもとに行動を起こすか決めなさい。

そうすることで情報は身につき、君の血となり肉となるはずだ。情報は鵜呑みにするものでもなければ、受け入れないものでもなく、しっかりと咀嚼して自分のものにするために存在している。その認識を持ってほしい。

情報摂取の最もたるものは読書かもしれない。君たちはついつい、話題の新刊に手を伸ばしてしまいがちだろうが、長く読みつがれている古典などを読むことを私は強く推奨する。

もちろん、活字に慣れないうちは新刊などの読みやすい本からでも構わないが、一定の読書力がついたあとはなるべく古典を読んだほうがいい。

私は古典が好きでよく読んでいるのだが、何百年も読み継がれている本にはちゃんと理由がある。そして、普遍的な情報が書かれていることが多い。新刊を100冊読むより、気に入った1冊の古典を10回読み返すほうが有意義であると私は考えている。君たちも毛嫌いせずに、時には古典を読むといいだろう。

ちなみに私はデカルトの方法序説が最も好きで、何度も何度も読み返しているが、読み返す度に新しい発見や気付きを与えてくれる。良書とはそういうものなのだ。

巷では情報が溢れているが、それらの情報はギフテッドの君たちには関係がないものも多い。情報の取捨選択はしっかり行うのだ。


第3章 縛られない生き方のススメ

何にも縛られず生きていくことは難しい。知らず知らずのうちに人はなにかに縛られ、世間の垢をつけていく。この垢は落とそうと思ってもなかなか落ちてはくれず、こびり付いているものさえある。人間が生きていくうえで、これは仕方のないことではあるけれど、可能な限り君たちはそういった世間が作った常識にとらわれずに生きていってほしい。

「破壊なくして創造なし」という言葉がある。君たちには既存のものを打ち砕き、そして新しいものを創造する力がある。当然、既存のものを維持しようとする人たちからの反感を買うだろう。誰しも自分の生活や安全が脅かされれば憤慨するものだ。しかし、破壊しなくては創造もおきないのだから、よりよい未来にするために破壊は必要な行為だ。

インドでは、この世界には三大の神がいると教える。創造の神であるブラフマー、維持の神であるヴィシュヌ、そして破壊の神シヴァだ。このなかで、最もエネルギーやパワーが必要なのは破壊であると私は考えている。破壊というとあまり良いイメージがないかもしれないが、美しき破壊は新たな世界を生み出すのだから、人類の進歩のためには破壊が必要とも言える。

世の中の常識は常にアップデートされているにも関わらず、古い情報を信じて生きている人があまりに多いことに私はいつも驚愕している。

学校などでは学ぶことは教えてくれても学び続けることは教えてくれない。自ら学び続けて、常に世間の垢がつかない状態にすることは君たちの役目だ。古い外套はすぐに脱ぎ捨てよう。

ロブスターは脱皮を繰り返すことができれば、理論上は不老不死だ。ただ、たいがいのロブスターは脱皮に失敗して死ぬことになる。古い殻に籠もらず、新しい自分のうまれかわるのだ。その感覚があれば、こびりついた垢を取り除くこともできるはずだ。

また、私のまわりには1日中スケジュールを詰め切って仕事をしている者がたくさんいるが、多少の緩みや空き時間が人生には必要だ。糸はなぜ切れるかというと、張り詰めているからであり、多少の緩みがあれば切れることはまずない。君たちにはそのようなゆとりを持ちながら、縛られすぎずに生きていってほしい。


第4章 才能は掛け算

さて、君たちギフテッドは特殊な才能を1つは兼ね備えているはずだ。その才能は別の能力とかけ合わせることでより早く開花し、更に高めることができるだろう。

たったひとつの才能だけで時代を変革させることはできない。補完性を持つ協力者を持つことでカバーすることはできるかもしれないが、君たち自身も天からもらった才能以外の能力をいくつか持っていることが重要だ。

誰でも努力次第でかけ合わせることができる能力は礼儀だろう。礼儀は持っていて損はない。真っ先に身につけることを強く推奨する。

才能とは掛け算であるため、どれか1つでも致命的な0があってはいけない。最低でも全ての能力が1以上であることが条件だ。自分の中に致命的となる1以下の部分があるならば、すぐに改善するといい。これは君たち個人の問題ではなく、人類の未来に関わることだ。

私は常々、攻撃力と同じくらい守備力が大事だと感じている。球技系のスポーツをみてもそうだが、強いチームはみな守備力が高い。球技は理論的に1点も取られなければ負けはないのだから、守備がしっかりしているチームはそれだけ負けは少なくなる。君たちには大勝することと同じくらい、大敗を防ぐことを意識して生きてほしい。

例えば、君たちが大事な打ち合わせをチームで行うとする。打ち合わせの予定時刻に間に合うことが最善なのは言うまでもないが、どんなに遅れたとしても5分や10分までにするといい。数時間の遅れなどは信用を失う充分な理由となる。約束の時間を守るというのも一つの能力であり、ここを軽視してはいけない。納期を守るというのも同様だ。

高い能力を持っているが、礼儀がなく、納期や約束の時間が全く守れない人よりも、能力はそれほど高くなくとも礼儀正しく、納期や約束の時間を守れる人のほうが仕事を任せやすいのだから、必然的に後者のほうが声がかかりやすくなる。

どうしても直せない弱点があるならば、それを補完してくれる人を探しない。ただし、自身でもその弱点を克服する努力は怠らないようにしなさい。

第5章 迷ったときは捨てなさい

この世界には不要なものが溢れている。モノもそうだし、コトもそうだ。

勧誘も多い世の中だから、ついつい不要なものや不要なことに手を出してしまうこともあるだろう。

そんな時、残すか捨てるか迷った際は捨てることにするといい。迷っている時間も繰り返されれば膨大になるからだ。何かを捨てるということは残ったものに対して集中ができるということだ。

人生はそれほど長くない。したがって、何かを成し遂げるには選択と集中をしなければならない。モノやコトが多すぎては集中ができないだろう。

着なくなった衣類には感謝をして捨てなさい。
頂いたご縁には感謝して、縁を切りなさい。

私の知る限り、モノやコトを捨てすぎて困っている人を見たことがない。むしろ、不要な荷物を背負って生きている人があまりに多い。

この世界で真に必要なものなど殆ど無い。本当に大切なものだけを残し、不要なものは捨てるといい。そうすれば、新しいご縁が入ってきたりもするものだ。



最後に

「柔よく剛を制す」という言葉があるが、それはアマチュアの世界だけで通用するテクニックであると私は常々感じている。どの分野であっても、上の階級に行けば行くほど「剛よく柔を断つ」が真となる。

また、私は「大器晩成」よりも「栴檀は双葉より芳し」が真実だと思っているので、20代までで何かしらの才能で人より秀でていない者がその後に才能を開花させることはまずないと感じている。

いつの時代も、他を圧倒する存在が産業を切り開いてきた。いまある多様な働き方を作ったのも最初は1人のギフテッドである。

それ故に、ギフテッドが生きづらい世の中であれば是正しなければならない。なぜならば、ギフテッド一人が世の中に与える影響は他の人よりも大きいのだから、傑出した才能を発揮できる社会にすることが望ましいといえる。

アリストテレスはかつて、人間にとっては卓越性を発揮することこそ幸せであると語った。しかし、いまだに卓越性よりも協調性を重視する世の中が存在している。確かに、私のような凡夫は協調性を重んじる生き方もいいかもしれないが、君たちギフテッドは別なのだ。

類稀な卓越性の発揮は観衆を驚かせ、時代を変革するほどの力がある。その力を活用しない手はないだろう。

私がギフテッドが好きだ。ギフテッドと触れているとき、心が踊っているのだ。君たちは希望の光である。君たちがいるからこそ、絶望のなかでも私は生きていくことができている。君たちには強力なサポーターが必要で、私はそういったサポーターのような生き方をすることに決めた。

本書が、ギフテッドの元に届くことを祈っている。



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