ショートショート(21話目)パチンコ生活者のコロナ禍

~2020年4月~

日本国内で緊急事態宣言が発令された。

『この状況下でパチンコにいくなんてどうかしてる』と、最初は槍玉に挙げられていたパチンコ業界だったが、『パチンコ店で働く人の生活も守らなければならない』という意見も強く、営業はすぐに再開した。

僕の生活はそれほど変わることがなかったが、緊急事態宣言が発令されてから数か月後に近所のパチンコ店が1店舗潰れ、ますます業界の凋落は避けられない状況だということがわかった。

パチンコの収入で生きている僕らパチプロにとって市場規模の縮小は由々しき問題で、これまで何人ものパチプロが廃業に追い込まれるのを目の当たりにしてきた。

明日は我が身かもしれない。
そう思いながらも僕は稼働を続けた。


~~~

ある日のこと。

僕がホールで稼働をしていると3つ隣の席に見覚えのある人が座っていた。

(鈴木健司だ)

僕は席を立ち健司に声をかけると、健司はびっくりした顔をした。

「やあ、健司。久しぶりだな。よかったら昼飯でもいかないか?」

「あ、ああ。そうだな。いこう」


僕と健司は高校の時クラスメイトだった。

健司は高校の時から俳優になることが夢で、高校を卒業後はアルバイトをしながら劇団に所属して演劇を続けていた。

僕らは高校を卒業後も時折飲みにいく間柄だったが、ここ何年かは会ってなかった。

僕と健司はパチンコ店の近くの定食屋に入った。


「健司、パチンコするんだ。はじめて知ったよ」

「うん。1か月前からはじめたんだ」

「演劇はまだやってるの?」

「劇団には所属してるけど、最近はコロナの影響で全然できてないんだ」

「そっか。大変だね」

「うん。アルバイトをしてた職場もコロナの影響で雇用がなくなって、いま雇用保険をうけながら仕事を探してるんだけど、なかなか内定をもらえなくてね」

「それでパチンコを?」

「うん。雄一のほうは最近どう?」

「変わらずにパチプロをしてるよ」

「そっか。雄一は変わらないね」

健司の顔には精気がなかった。

「元気なさそうだね」

「うん。生きがいを失ってしまってね。高校の時からずっと俳優を目指して演劇をやってきたのに、それがいきなり奪われたんだからショックだよ」

大切なものがいきなり奪われるというのはどういう気持ちなのか想像してみたけれど、僕には大切なものなどないと気づいた。

僕と健司はしょっぱいだけのカツ丼を食べてホールへと戻った。

その日、僕と健司は手痛く負けた。


~3か月後~

僕は健司とふたたびパチンコ店で出会った。

今度は健司のほうから「昼飯いこうよ」と誘われた。

今日の健司は元気そうだった。


「健司、ずいぶん元気そうになったね」

「うん。新しい仕事も決まって、なんだか最近新鮮でね」

「演劇はできてるの?」

「実は、演劇やめたんだ」

「え?」

「緊急事態宣言がでて演劇ができなくなったとき、コロナを憎んだこともあった。だけどね、いまはコロナに感謝してるんだ。演劇を十数年やって芽が出なかったんだ。ちょうどいい辞め時だったよ。」

「そっか」

「やめてみると不思議なもんで、なんであんなに演劇にこだわってたのかがわからないんだ。自分には才能がないことはとっくにわかってたのにさ」

そういった健司は清々しい顔をしていた。

僕は天婦羅うどんをすすった。やっぱりしょっぱいだけだった。


~2021年4月~

第1回目の緊急事態宣言から1年が経過したが、まだまだ街はウイルスの脅威におびえているように見えた。

僕は相変わらずパチプロを続けているけれど、収入は年々落ち込んでいる。

パチプロをはじめた年、僕の収入は年間で250万円ほどあったが、いまは150万円ほどになった。

かつて2800万人いたパチンコの遊戯人口も僅か800万人となり、18000店舗あったパチンコ店も8000店を割り込んだ。

僕もいつか廃業の時がくるかもしれない。


あれ以来、健司をパチンコホールでみることはなくなった。

もしかしたら新しい夢にチャレンジしているのかもしれない。

現状を維持することも難しい僕は、健司のような挑戦者にはなれない。


僕は迷いを振り払うようにスロットのレバーを叩き続けた。

やがてくるであろう絶望的な未来を忘れることができるように、精一杯。







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