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【試読】日本酒女子と小悪魔男子のサケスプリング(はなり亭で会いましょう番外編)

 地下鉄東山駅を出て、京都勧業会館みやこめっせを目指す道行きは、紅葉シーズンの京都真っ盛り。ひんやりとした空気感だが日差しもあって、絶好のお出かけ日和だった。
(こんな日に朝からお酒を飲みに行くなんて、ちょっと背徳感あるかも……?)
 重森絢子は今日、日本酒の試飲やお酒に合うフードメニューが楽しめるイベント「サケスプリング」に参加するべく、みやこめっせを目指していた。秋なのにスプリングとはこれ如何に? という感じではあるが、そういうイベント名であり、前回は七月に開催されている。
 平安神宮の大鳥居が見え、京都国立近代美術館の横を過ぎ、府立図書館のそばにある公園で待ち合わせ相手と合流する予定だ。
 本日の同行者となる大学生は先に着いていたらしく、絢子を待っている様子が見える。向こうも絢子の姿に気づき、手を振ってくれた。

***

 今から約一か月前、絢子は自宅近くにある居酒屋「はなり亭」にて、心安らぐ一人飲みの時間を楽しんでいた。平日だったこともあり、さほど店は混み合っておらず、料理人であり店主の御厨や、アルバイトに入っている大学生の涼花とも会話する余裕があった。
 そこで、この秋に開催されるサケスプリングが話題に上った。
「僕もこういうイベントで試飲したり、料理との相性見たりとかしたいんやけど、夜に店開けれんくなるさかい、行かれへんのですわ」
「確かに飲んだ後でお店の仕事ってなると大変ですよね。かといって、週末にお店を休むのも悩ましいですし」
「そうなんです。せやし、重森さんが行かはったら、感想聞かしてください」
「分かりました。それにしても、こういうイベントがまた楽しめるようになってきて良かったですね」
 そんな感じで御厨と話しながら、なんとなく涼花のほうを見ると考え込んでいる様子。
 涼花はアルバイトをし始めた頃は二十歳未満だったこともあり、お酒が分からなくて接客に困っていたこともあったが、真面目で気配り上手な性格からか、すっかり仕事に慣れている。そして、日本酒にも興味を持ったらしく、誕生日を迎えて二十歳になったときには「はなり亭」からお酒をプレゼントされ、宅飲みに挑戦したという。以来、日本酒の美味しさに目覚め、少しずつ楽しんでいるようだ。
「せや、涼花ちゃんもサケスプ行ってみたら? 色んなお酒、ちょっとずつ試せるし」
「え? でも、土日だったらバイトもありますし……」
「僕と違て涼花ちゃんは料理するわけやないし、若いんやし、夕方からのバイトやから大丈夫ちゃう?」
「大丈夫、ですかね? そういう試飲ができるイベントって、面白そうだから行ってみたいなって思ってたんですけど……」
 先ほどから考え込んでいる様子だったのは、興味はあるがアルバイトとの兼ね合いを考えてのことだったらしい。
「何やったら重森さんと一緒に行ったら……あ、重森さんの都合も聞かんと、すんません」
「いえ、別に、私は構わないですよ。涼花ちゃんと一緒に行くのも楽しそうかなって、思います」
 こんなふうに話を振られるとは思っていなかった絢子はいささか動揺したが、涼花と一緒に日本酒のイベントへ行くのはやぶさかではない。いや、むしろ普段の客と店員の関係を超えた接点を持てるようで、なんとなく心が弾む。
 基本的に一人で行動することには慣れているし、食事も買い物も旅行も、だいたいのことは一人で楽しむ派の絢子だ。でも、いつもお店で気持ちよく接客してくれる涼花となら、お店以外の場所で一緒に過ごすのも悪くない。仲よくする機会を持てるのは、素直に嬉しいと思えた。
「どうかな、涼花ちゃん? 私でよければ一緒に行くけれど……あ、でも、涼花ちゃんも大学の友だちとか誘うなら、別に私は一人で行くのでも構わないし」
「いえ、そんな! 大学ではお酒を飲む知り合いがそもそも居ないですし、誘える相手も思いつかないので。でも、重森さんのご迷惑なんじゃ……」
「別に大丈夫よ。じゃぁ……一緒に行きましょうか? 土曜と日曜の開催で、それぞれ十時からと十四時からの二部制だけど……」
 そんなこんなで、絢子は涼花と一緒にサケスプリングへ行くことが決まり、土曜日の十時からの部のチケットを購入したのだった。

***

「おはよう、涼花ちゃん、宮田くん」
 待ち合わせ場所の公園で待つ二人と話ができる距離まで来たところで絢子は挨拶する。
 最初の予定では、絢子と涼花と二人で行くはずだったのだが……約束を交わした数日後、涼花から一人追加になっても良いかと連絡が入り、宮田も一緒に来ることになった。宮田もまた、「はなり亭」でアルバイトをしている大学生であり、涼花の後輩だ。
「おはようございます、重森さん。今日はよろしくお願いします」
 絢子に挨拶を返す涼花は、深々と頭を下げてきた。
 一方、もう一人の同行者である宮田は、絢子に軽く会釈したもののなんとなく素っ気ない。アルバイト中はそれなりに愛想良く振る舞っているし、その辺のアイドル顔負けな美男子なのだが、絢子に対しては淡泊な態度を取ってくるのだ。
(まぁ、宮田くんの立場からすると、私はお邪魔虫なのかも……)
 二人の関係がどの程度のものなのか、絢子は把握していないが、恐らく宮田は涼花に対して好意を寄せている。だから宮田としては、涼花と二人きりで行きたかったに違いない。
 とはいえ、今日はもともと絢子と涼花の二人で行こうかと話がまとまっていたところに、宮田が割り込んできたという経緯なのだから、横やりを入れているのは宮田のほうなのだが。

 三人そろってみやこめっせに入り、受付で試飲用のグラスにお酒券十五枚とフードチケット二枚を受け取って会場に入る。ただし、宮田はまだ二十歳でないため、試飲なしでの参加だ。今回のサケスプリングでは、お酒を飲まない人も一緒に入れるよう、試飲なしのチケットも販売されていた。なお、試飲なしの場合は専用のリストバンドが渡され、誤ってお酒を飲まないよう配慮されている。
「試飲専用のグラスがもらえるんですね。家で飲むときにも使えて便利そう」
 試飲グラスを手にした涼花は、ちょっとしたお土産が手に入ったことを喜んでいる。
「そうなのよ。だから、こういうイベントに行く度に、家に酒器が増えてしまうのよね」
 こうした試飲イベントでは専用の酒器としてお猪口やグラスが渡されることも多い。今回の試飲用グラスには、イベントのロゴと共に紅葉や銀杏などが描かれている。前回、七月に開催されたときは花火が描かれたグラスであったし、季節感あるモチーフを使っているのは良いなと絢子は思った。

 ひとまず会場全体を一回りし、会場マップと照らし合わせながら出店内容を確認していく。試飲用のお酒を提供する酒蔵ごとの出店だけでなく、お酒に合わせる料理も楽しめるのがこのイベントの醍醐味だ。
 今回は酒の肴にぴったりの海鮮やおでんに餃子、唐揚などを提供する屋台ゾーンがあるほか、アウトドア用テントを設置してキャンプ飯を扱ったキャンプゾーンもある。あちらこちらから食欲を刺激してくる香りが漂い、調理の音や呼び込みの声も食への好奇心を誘ってくれた。
 また、お酒は日本酒が中心なのだが、クラフトビールの出店もある。無料の給水所も設置され、飲酒時に欠かせない水分補給についても万全の体制だ。
 おしゃべり酒場と題されたコーナーでは、六つの話題のブースが用意され、それぞれ着席してブースを切り盛りするマスターとの会話も楽しめるらしい。
 そして、会場内の所々には長テーブルを並べた飲食用コーナーが設けられ、足を止めてお酒と料理を味わうスペースになっている。
 会場の奥に位置するせいか、キャンプゾーン横にある飲食用コーナーが比較的空いていたので、三人はひとまずそこを拠点にして試飲を楽しむことに決めた。
「じゃぁ俺、席取りしてますから、お二人は試飲用のお酒、もらってきたらどうですか?」
「え? 何か悪いよ、それじゃ。私も一緒に待ってるから、重森さん、先にお酒取りに行ってください」
「……いや、ここで二人で待っても仕方ないじゃないですか? 涼花センパイと重森サンが行けばいいじゃないですか」
「でも……」
 なんとなく後輩を都合のいいように使ってしまうように思えて、涼花は気が引けているらしい。しかし、だからといって二人で席取りのために待っているのも、非効率なことである。
 見かねた絢子は、涼花がこの場を離れやすいように口を挟む。
「涼花ちゃん、せっかくだからここは宮田くんに頼りましょう? 涼花ちゃんが楽しめるように気を使ってくれてるんだし、遠慮するほうがかえって悪いかもよ?」
「あ……じゃぁ、宮田くん、席取りよろしくね」
「了解です。あ、俺の分のフードチケット渡しとくんで、なんか食べ物見つくろってきてくださいよ」
 飲酒できない参加者は、試飲グラスとお酒券がなく、フードチケット二枚だけが渡されている。
「分かった。宮田くんは何が食べたいの?」
「センパイが選んでくれたのなら、何でも」
 ちょっと困ったリクエストだなという表情になりながら、涼花は絢子と一緒に試飲するお酒を求めてその場を離れた。

 参加している酒蔵は二十蔵程度で、京都や兵庫、滋賀はもちろん、東北や関東、中国地方の酒蔵も出店してきている。メディアで取り上げられることも多い、旭酒造の獺祭は人気なようで、比較的人の少ない時間帯と思われる十時からの部であるというのに人が集まる様子が見られた。
「これだけあると、どこから試せばいいか迷いますね」
「そうね。でも、特にお目当てがないんだったら、あまり深く考えないで、目に付いたものを試してみるのもいいと思うわ。どこの酒蔵さんも、おすすめしたいものを用意しているはずだし」
 色々と目移りしてしまうところだが、宮田に席取りさせて待たせている手前、あまり悠長にもできない。まだイベントは始まったばかりなのだからと自分を納得させ、絢子はにいだしぜんしゅの木桶仕込みを、涼花は月桂冠の「Gekkeikan Studio no.3」を最初の一杯としてお酒券と引き換えてきた。
「あ、そうそう、これを使ったほうが便利なのよね」
 言いながら絢子は手荷物から、片手で持てるくらいの樹脂でできたお盆を取り出し、お酒を注いでもらったグラスを置く。こういったアイテムがあれば、複数の料理とグラスに注がれたお酒を同時に運べる。席を移動するときもお盆ごと運べて、手早く動けるのだ。
「涼花ちゃんのグラスも預かるから、お料理の注文と受け取りを頼んでもいいかな?」
「あ、はい。ありがとうございます。でも、何のお料理にしましょう? お酒も迷いましたけど、料理も迷いますよね」
「宮田くんは飲めないから、しっかり食べられるもののほうがいいかもしれないわね」
「……そうですね」
 案内マップを見ながら、フード系の出店を改めて確認し、涼花はフードメニューの目星をつける。そして、確保している席から近い、キャンプゾーンにあるメニューから攻めることに決めた。
 まずはずらりと並んだ羽釜が目に留まった「RICE IS COMEDY」のブースにて、炊きたてご飯のシラス丼を引き換える。それから「バルにしむら一の」のブースで、大きな鍋にできあがったパエリアを見つけてそれもフードチケットと引き換えた。「カレー屋クスンBAR」では、本格スパイスで仕上げた湯豆腐に焼鳥という内容が気になり、それぞれゲット。また、キッチンカーの中に備えられた窯で焼かれたピザも興味をそそられ「ゴリーズキッチン」のピザと、ちょっとつまめる感じのものとして「丹後王国」の自家製サラミ・ハムもフードチケットを使って引き換えた。
 さすがに六品もあると、絢子が持参したお盆に乗りきらなかったので、最終的に涼花はしらす丼とパエリアを手に持って運んだ。
「お待たせ。とりあえず宮田くんはシラス丼とパエリアをどうぞ。あと、他のお料理も、適当につまんでね」
「ありがとうございます! センパイが俺のために選んで運んでくれたって思うと、それだけで嬉しいです」
 涼花から料理を受け取る宮田は上機嫌だ。とりあえずは楽しく過ごせそうかなと、絢子は安堵する。
 こうして、楽しい飲食の時間が流れた。
「このシラス、ふっくらしててウマいですね!」
「それ、お醤油も特別なやつだったみたい」
 シラス丼を提供していた「RICE IS COMEDY」のブースで用意されていた醤油は、別のブースで出店している「今しぼり」というところが作っているものだった。なんでも製法にこだわり、有用な菌や酵母を殺菌せずに提供する、生きた醤油らしい。
「湯豆腐や焼鳥にスパイスっていう組み合わせも、面白いものね」
 絢子が度々訪れている「はなり亭」も、湯豆腐や焼鳥を提供している店だが、基本的には和食系である。同じ料理でも、ちょっとした味付けの違いで新たな一面が垣間見えるのも面白い体験だ。
 最初の一杯にと選んだ、にいだしぜんしゅの木桶仕込みは穏やかな味わいの中に、ほんのりと木のフレーバーが乗っている。それが香辛料の風味と合わせてもケンカせず、味に奥行きを与えてくれるようだった。
「この月桂冠のお酒も、フルーツジュースみたいな雰囲気で飲みやすいです。これだったら、ピザとかとも合う感じ」
 涼花が選んだ「Gekkeikan Studio no.3」は今年八月に発売され始めた新しいお酒だ。月桂冠の実験的な日本酒を生み出すプロジェクト「Gekkeikan Studio」から送り出されたニューフェースであり、ナンバリングの通り第三弾となっている。第一弾はジューシーなメロンを、第二弾は芳醇でとろける桃の味を求めて造られ、今回は南国フルーツのフレーバーと、温度変化による味の移り変わりがテーマだという。月桂冠のブースでは試飲用としてグラスに注いでもらえるほか、温度の違いによる飲み比べ体験コーナーも用意されていた。
「日本酒って言えば、和食と合わせるものだと思ってましたけど、洋食とかエスニック系とかとも合うんですね」
「そうなのよね。日本酒って、色んな味わいのものがあるから、組み合わせ次第で和食以外にも合う料理がたくさんあるのよね」
「へー……いいなぁ。センパイ、俺にも一口、分けてくださいよ!」
 自分だけ試飲を楽しめない宮田は、甘えたように涼花に言ったが、それが許されるはずもなく、即座に却下される。
「そんなことしたら、何のために試飲なしのチケットを用意してあるのか分からなくなるでしょ?」
「はーい。分かってますよ、それくらい。ちょっと言ってみただけじゃないですか」
「まぁ、まぁ、宮田くんも飲めるようになったら、また来ましょう。その頃は私抜きで……二人で行ってもいいんじゃない?」
 恐らく宮田は冗談の延長で言っているのだと思うが、二人が試飲を楽しんでいて、自分だけ仲間はずれになっているのは事実である。同行するにあたって、彼なりに気遣いもしてくれているのだし、少しでも楽しい時間を共有したいと絢子は思っていた。
 だから将来的に……自分を抜きにして二人が一緒にお酒を楽しむ関係になればいいのではないか。そう思っての言葉だったが、涼花が感じ方は違うようで……。
「え? 重森さんもまた、一緒に試飲イベントに行きましょうよ。それとも、迷惑でしたか? 今日も本当はお一人でゆっくり回りたかったですか?」
「別に、そうじゃないんだけど……」
 いっそのこと「やっぱり一人になりたいから」と言って、この後の時間は二人と別行動にすれば、宮田は喜ぶだろうか?
 でも、涼花は絢子と一緒に楽しみたいと思ってくれているようであるし、それも見当違いな気の使い方に思えてしまう。第一、それはそれで涼花に誤解を与えてしまう。
「そうだ、センパイ。あそこで一緒に写真撮りましょうよ!」
 なんとなく三人の間に流れる空気がおかしな雰囲気になりつつあるのを察してか、宮田は話題を変えようと記念撮影を提案してきた。彼が指すほうには、撮影用コーナーとして酒樽が並べられた一画がある。
「え? なんか恥ずかしいよ……」
 とりあえずは、変な雰囲気になるのを避けられただろうか? せっかく一緒にイベントに来たのだから、記念撮影も思い出に残っていいだろう。
「いいじゃないですか。せっかくなんだし」
 宮田は楽しそうに提案し、涼花を撮影コーナーに向かわせようとする。
「そうよ、涼花ちゃん。ここに来た記念に……」
「あ、じゃぁ、重森さん、一緒に撮りましょう?」
「「え?」」
 思わず絢子と宮田の声が重なり、二人で顔を見合わせた。そして、絢子が目にした宮田の表情には、不機嫌がにじんでいる。
(あー、これは後輩くんの機嫌、損ねちゃったかな?)
「あの、私が涼花ちゃんと宮田くんを撮ってあげるから……ね?」
「でも……宮田くんは大学でもバイトでも会えるから、いつでも写真撮れますけど、重森さんとはなかなかそんな機会、ないじゃないですか」
「うーん、それは、そうなんだけど……」
 どうにかして取り持とうとフォローを入れるものの、涼花は絢子と一緒に記念撮影をしたいらしい。
「……もう、いいですよ。俺が涼花センパイと重森サンの写真撮りますから、スマホ、貸してください」
 そういって手を差し出す宮田は、何かを諦めたような寂しそうな表情だった。
 気まずい空気を感じながらも、絢子は促されるまま撮影スポットに涼花と並ぶ。撮影役になった宮田は不機嫌さをあっという間に「なかったもの」にして、穏やかな調子でシャッターを合図する。
(宮田くんは、態度を使い分けるのが上手い子なのね)
 それは絢子には真似できない振る舞い方であるから、感心すると同時に心配にもなった。涼花と宮田の先輩・後輩としての関係は悪くないと思う。でも、気持ちの温度が違っていて、時折、不協和音になっているようだ。それを宮田はすぐに「なかったもの」にして、切り替えてしまう。
 いつまでも引きずるのは良くないが、すぐに切り替えてしまうと、相手に本心が伝わらないこともあるのではないか?
 やがてそれがすれ違いや亀裂を生み、関係を悪化させないかと、絢子は不安を感じた。
「ありがとう、宮田くん。次は私が撮るから、宮田くんも涼花ちゃんと並んで?」
 絢子は撮影役をしてくれた礼を言うと共に、今度は自分が撮影役として名乗り出る。しかし宮田は首を横に振った。
「いいですよ、俺は。涼花センパイとはいつでも写真、撮れますし。今日だって別に、俺が来る必要、なかったんですし……」
「そんなことは……」
「今さら、そんなこと言い出さないでよ宮田くん。自分も行きたいって強引に入ってきたのに……なんでそんな態度なの?」
 涼花の指摘はもっともなことではある。元々、絢子と涼花の二人で行くはずが、どこで聞きつけたか自分も行ってみたいと言い出して強引に押し切っておきながら、自分はくる必要なかったなどとは矛盾も甚だしい。
 でもそこには、複雑な心情もあるのだ。それが上手くかみ合わないのは、なんとももどかしいことである。
「俺、ちょっと食い足りないんで、適当に食べてきますから……二人でゆっくり楽しんでてください」
 そう言うと宮田は一人で屋台ゾーンのほうへと行ってしまった。

続きは2023年1月15日の文学フリマ京都(みやこめっせ)にて発表予定です。

果てしない自由の代償として、全て自己責任となる道を選んだ、哀れな化け狸。人里の暮らしは性に合わなかったのだ…。