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欧州黒松の処世訓七箇条

あーあ。なんてこったい。ちょっと雪が多く降ったと思ったら、その重みを支えられなくなって、挙げ句の果てに転んじまうなんて全く情けない。恥ずかしくってご先祖様に顔向けできねえ。はあ(ため息)。

ま、こうやって寝っ転がっていられるのももうわずか。残されたこの機会を利用してこれまで培った拙者の処世訓でも披露しておこうか。

え?偉そうにお前は何者だって?これは失礼。
名乗るほどのものではござらんが、姓は欧州、名は黒松(ヨーロッパクロマツ、学名 Pinus nigra)。どうぞお見知りおきを。住まいは南ドイツはミュンヘン植物園の有用植物(野菜、果物などの食用や薬用などになる植物)を集めた一角。
齢を申せば年輪から推定されるに90歳以上とか。木の分際とて、人の世の移り変わりもつぶさに見てきて酸いも甘いも噛み分けたこの身。だからこその処世訓を一席・・・

その壱 平凡上等


我らヨーロッパクロマツは希少でもなければ絶滅に瀕しているわけでもない樹種。いってみれば特筆すべきこともなき平凡な存在。「なーんだ、つまんねえ、ただのクロマツかよ」という目で通り過ぎる輩のなんと多いことか。

モロッコ、アルジェリア、スペイン、フランス、さらにはバルカン半島から地中海沿岸、そしてオーストリアを北限にと広範囲にわたって自生する我らは、ドイツではいわば外様の身分。されど地のもの(在来種)を蹴散らして生きるような暴れものではござらぬ。極めて温厚な性質を買われて19世紀初頭からドイツ各地で植林されるようになったのだ。

そもそも非凡なものばかりが集まってみろ、それぞれの自己主張が強すぎて収拾がつかないではないか。我ら大勢を占める凡木が森のバランスを保っておるのだ。人間社会も同じこと。凡庸さは社会の潤滑油。卑下することなく堂々と生きておればいい。侮蔑のまなざしを向ける奴らには「なーんだ、つまんねえ、ただのお前かよ」と返しておくがいい。
 

その弐 ご先祖様に感謝せよ


拙者も含めたヨーロッパクロマツ族の特徴はすこぶる気温に柔軟に対応できる点。年間平均気温が6℃から18℃の間で年間降水量が330~2200mmが保たれておれば時に下はマイナス30℃、上は40℃という極端な温度にも耐えられるのだ。
それに土壌のえり好みをしない。山だろうが平地だろうが、そこそこ養分があって水がたくさんたまるような場所でなければへっちゃらだ。だから生息地を拡大できた。

それもこれも丈夫に生んでくれた両親はもとより、頑健な遺伝子をはぐくんでくれたご先祖様のおかげと感謝すべきと心得た。1に感謝、2に感謝、3、4も感謝ってことで、手をひたすら合わせるべし。

ありし日の堂々たる拙者の姿(右)


 

その参 案ずるな、分かる人には価値も魅力も伝わっている


訳がわからん奴も世の中には多くなったが、ちゃーんと見てくれている人は必ずいる。例えばだ。サカタのタネという日本の大手種苗会社のHPで小杉波留夫さんが我らのことをこう書いておられるぞ。よく耳をほじって聞いておけ。「ヨーロッパクロマツは、いぶし銀のような美しい樹皮を持っています。白と茶、黒い陰が織り成す色彩が気品を漂わせます」。(自慢に聞こえるかもしれんが、うれしいから太字にしておく)

要は案ずるなということ。すべての人に褒められたり好かれるなんて不可能だ、己の価値や魅力を分かってくれる人が1人でもおれば十分。

その四 腐るな、チャンスはいつ巡ってくるか分からない


今、ヨーロッパクロマツ族は大注目を浴びておる。こんなご時世がこようとはクロマツのご先祖様も夢想だにしなかったろう。原因は地球温暖化なるものとか。どんな場所もえり好みせず、乾燥にも強いうえ、耐寒性があるという我らの特性がみこまれてのことだ。

自生の樹木が根付かなかった場所でさえもクロマツだけは見事に根付いたという過去の実績を引っさげておるからに、「ヨーロッパクロマツは将来、予想される気候変動に伴う生育条件にも耐えられる樹種の一つに数えられます」(www.waldwissen.netより)と記されるまでになった。
 
そう、どうせオレなんて、とグチったり、腐ってはいけない。そもそも黒松族も赤松族なんぞよりもヤニが多くて腐りにくことで知られておる。忠告しておくと人間も同じ、腐らないってことは誠に至極大事な要素だ、でないといざって時にチャンスを逃すことになるからな。
 

その五 生き方に正解なし


のっぽともなれば50mはいくクロマツ族はそのすっくと伸びた体躯で知られておる。かつてはそのスタイルの良さと密度の高さを見込まれてフランスの軍艦のマストにも使われたとか。それなのに拙者だけはいつの時代か、なんでかしらんが、ジジイのごとく斜めに曲がってしまった。トホホ。

だがな、拙者の下には物置小屋兼作業小屋があって、曲がった腰でかがむような形で年中見守ってやっていたから、ここに常駐する庭師からはなんとも貴重な日陰だと感謝されておった。

今回、拙者が転倒したせいで小屋までもがぺしゃんこにつぶれちまったのはなんとも不覚だが「いい木だったのに」と惜しんでくれる声が多くて、この生き方も悪くなかったと思うぞ。いいか、軍艦マストになるような華やかでまっすぐな生き方だけが正解ではないのだ。

雪の重みに負けた拙者 

その六 足腰と腕を鍛えよ


ミュンヘン観測史上初の45cmの積雪と不測の事態だったとはいえ、転ぶなんてことはあっちゃならなかった。老いのせいにしたくもマックスで800年は生きられるという我が一族からしたら拙者はまだまだヒヨッコ。雪が積もった腕の重さに負けて踏ん張りきれなかったのは鍛錬が足りなかったのか、それとももうそんな重みがくることはあるまいとタカをくくったせいなのか・・・・。

植物園でも拙者の他に30本ばかし、仲間の大木が雪で
やられたと聞いた。

木のたわごととバカにしてほかのアドバイスを無視することはあっても、これだけは心に留めとけ。足腰と腕だけは鍛えろ、でないといざっていうときに人生(樹生)の土俵から落とされるぞ。

その七 座して(伏して)天命を待て


転んじまったオレが言うのもなんだが、こういうどうしようもない事態になったらジタバタしても始まらねえ。天命を待つのみ。

これからなにが起きるんだって?拙者もこの先の運命はよくわからない。丸太はゆくゆく薪になるという噂も聞いた。この処世訓を聞き書きしたおばちゃんなんて「松は正月の縁起物だから」とうれしそうに枝を持って行った。まだ髪(針葉)はふさふさして若々しかったからなあ。

なんてグチをこぼしてもはじまらねえ。こうなったらこっちも寝正月と決めこんだ、ほれ、立ち入り禁止のテープだって見ようによっては紅白でめでたいじゃないか。
 

最後に


不肖、欧州黒松の処世訓を読んでくれてひたすら感謝あるのみ。くれぐれも体に気をつけて、達者でな。どんなことがあっても笑って新しい年を迎えるように。日本人は言っとるではないか、笑う門には福来る!と


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