見出し画像

【は】 八風山Ⅱ遺跡

【はっぷうさん に いせき】 旧石器電子辞書

                                                                         佐久市教育委員会 松下友樹

【位置と立地】
八風山Ⅱ遺跡は、長野県と群馬県の県境にそびえる八風山西南山麓に所在する。付近には香坂川にそそぐいくつもの小河川が存在し、ガラス質黒色安山岩の転石が豊富に存在する場所である。南東には香坂山遺跡、南西には下茂内遺跡といった後期旧石器時代初頭から末葉までを代表する遺跡があり、そのほぼ中間に位置する遺跡である。

【発見と調査】
 平成元年、佐久市香坂地積に面積750,000㎡のリゾート開発が計画され、佐久市教育委員会により対象地の埋蔵文化財包蔵地の分布調査が行われた。平成2年に行われた分布調査では黒ボク土の中からガラス質黒色安山岩の薄片や縄文早期・前期の土器片が広範囲で採取された。黒ボク土とローム層の間からはガラス質黒色安山岩の石槍1点・その調整薄片数点・黒曜石製石槍1点が採取された。平成3年には試掘調査がなされ、石槍製作遺跡2か所、縄文早期・前期の石器製作遺跡が5か所の推定範囲が確定した。
 八風山Ⅱ遺跡は崖錐性堆積物を基盤とした尾根に立地している。旧石器時代の遺跡が確認された調査区Ⅴとその遺跡の中心が想定される地形は、安定した広がりを有する尾根状平坦面である。調査は平成6年から平成7年まで行われ(巻頭写真)、AT層準下位から石刃石器群が検出された(須藤編1999)。

発掘された石刃製のナイフ形石器

【検出された石器】
 検出された石器の総数は5,794点である。このうち出土地点が記録されている資料が1,673点、乾燥フルイ・水洗選別で回収された資料が4,121点である。石器石材の構成は、ガラス質黒色安山岩5,744点・黒色安山岩11点・鉄石英23点・頁岩8点・黒曜石4点・凝灰岩1点・珪化木2点・瑪瑙1点である。石器形態の組成は、ナイフ形石器21点・掻器15点・削器44点・刃部磨製石刃1点・微小剥離痕のある石刃29点・石刃289点・微小剥離痕のある薄片38点・薄片859点・砕片4,454点・石核43点であった。製品と考えられるナイフ形石器は基部加工が施され、先端部が尖鋭のものと先端部が斜刃を呈するものの二種類の形態に分別される。

接合資料 母岩1分布                                                接合資料 母岩4分布

【製作技術】
 八風山Ⅱ遺跡はナイフ形石器や大型石刃製作を目的とした生産遺跡と考えられる。石刃は下記の工程で製作されている。

①    採取した母岩を板状の礫に分割する

(須藤2006)より引用

②    板状の礫を更に細かく分割して石刃を剥離する石核を作り出す

(須藤2006)より引用

③    石核から小口面剥離にて石刃を剥離する

(須藤2006)より引用

 以上のような流れで製作された石刃の一部は、基部加工を施しナイフ形石器として狩猟に利用されたと考えられる。

【出土状況とブロックの性格】
 八風山Ⅱ遺跡は石器の出土状況から20のブロックに区分される。接合資料の分布からブロックには母岩や個体を単位的に消費する製作スポットとの存在と、それとは対照的に管理的な石器を主体とする搬入品で構成されるブロックの存在が明らかにされた。それらの分布をもとに推測されるのは、石器製作跡・住居空間・共同作業空間の存在であり、下図のように分布していると考えられる。

八風山Ⅱ遺跡の石器分布 (須藤2006より引用)

【年代と編年的位置付け】
 石器群の年代は、C14年代で約32,000年BP、較正年代で約36,000calBPの数値が得られており、後期旧石器時代初頭に位置付けられる。
 近隣に所在する香坂山遺跡の較正年代36,800calBP(国武2021)とほぼ並び、日本最古級の石刃石器群と考えらる。
 八風山Ⅱ遺跡は、サピエンスの日本列島での初源を考える上で、きわめて重要な石器群と考えられる。

【引用・参考文献】
国武貞克  2021「香坂山遺跡2020年発掘調査成果報告書」中央アジア旧石器研究報告 第7冊
須藤隆司編 1999「ガラス質黒色安山岩原産地遺跡 八風山遺跡群」佐久市埋蔵文化財調査報告書 第75集 佐久市教育委員会
須藤隆司2006『石槍革命 八風山遺跡群』シリーズ「遺跡を学ぶ」25 新泉社


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?