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【み】 宮ノ前遺跡

宮ノ前遺跡【みやのまえいせき】           旧石器電子辞書

                      明治大学文学部  梅田拓海

【位置と立地】
 宮ノ前遺跡は、岐阜県の最北端である飛騨市宮川町大字西忍(北緯36°19′44.1″、東経137°09′03.9″)に所在する遺跡であり、宮川町を流れる神通川の支流、宮川の西側にある河岸段丘上に形成された扇状地の端部に位置している。
 また、宮ノ前遺跡の西には、「あらが池」と呼ばれる沼沢地がかつて存在しており、この遺跡では、それに起因する水成堆積層が最大で19層確認されている。

図 1 宮ノ前遺跡全景 (早川ら 1998 に加筆し作成)


【発見と調査】
 宮川村における国道360号線バイパス新設改良工事に伴い、家ノ下遺跡・堂ノ前遺跡と共に平成元年に試掘調査が行われ、平成2年から7年まで断続的に発掘調査が行われた。
 加えて、平成6年・12年には範囲確認の調査も行われており、これまでに宮ノ前地点・前田地点・うづか地点・センター地点と、うづか地点と宮ノ前地点の中間の計5地点が調査され、後期旧石器時代から縄文時代草創期・早期にかけての遺物包含層や木質遺物、多数の植物遺体・昆虫化石などが確認されている。 

【検出された石器群】
 
宮ノ前遺跡の出土遺物のうち、後期旧石器時代に属するものはほとんどが前田地点から出土している。
 確認された包含層のうち、前田地点の第18層は瀬戸内技法の影響も見られる小型ナイフ形石器(図2-1)、第17層は角柱状細石刃核(図2-7)、第16層は打面に擦痕が見られる削片系細石刃核(図2-12)と、神子柴型尖頭器(図2-16・17)を含む文化層となっており、第16層からは隆起線文土器(図2-21)などの土器群が確認され、以降から縄文土器が伴うようになる(早川ら1998)。
 石材の利用傾向としては、在地系であり、宮川で転礫の採集が可能なものもあるチャート・玉髄・石英・砂岩・頁岩・濃飛流紋岩・飛騨片麻岩などに加え、特に剥片石器については下呂石・黒曜石・珪質凝灰岩・輝石安山岩・硬質頁岩・流紋岩のような北陸・信州などからの搬入石材も使用しており、器種によっては大きく石材が偏るものもある。
 また、前田地点出土の黒曜石製石器のうち、最も点数が多い第16層では、男鹿系A・霧ヶ峰系・魚津系・原産地不明のTYX1群という多様な黒曜石利用の様相を示している(青木ら2022)。

 図 2 後期旧石器時代に属する宮ノ前遺跡の出土遺物 (早川 1998・小島ら 2000 より)

【木質遺物】
 宮ノ前遺跡出土の後期旧石器時代に属する木質遺物のうち、加工の可能性が考えられるものは計10点確認されている。
 加工の可能性が特に高いと考えられる第17層出土の2点(図3)は、どちらともトウヒ属の材質であり、うち1点(図3-1)には被熱し、炭化した部分が認められる。
 これらの木質遺物は、生木の時期に剥片石器の刃で削られたと考えられており、幅の狭いものは削りが長く、幅の広いものは削りが短くなるという傾向が見られる(早川ら1998)。

図 3 宮ノ前遺跡第 17 層出土の木質遺物 (早川ら 1998 に加筆し作成)

【古環境の復原】
 前述のように、宮ノ前遺跡では木質遺物などに加え、多量の植物遺体や昆虫化石(図4)も出土している。
 これらの分析によって、この地点が、後期旧石器時代(約13,700年前)には、渓流性の水流が流入する水深の浅い水たまりが存在する針広混交林、縄文時代早期(約8,500年前)には、水深の浅い止水域や湿地が点在する、落葉広葉樹林と大型草食獣が歩き回るような自然度の高い林床、縄文時代中期(約4,300年前)には、湧水や清流が流入するような水たまりが存在する落葉広葉樹であったことが推定でき(早川ら1998)、古気候やそれによる植生・昆虫相等の変遷についても明らかとなった(図5)。
 また、縄文時代早期の環境については、人里昆虫の化石も多数出土していることから、宮ノ前遺跡の周辺に人間の介在した二次林、もしくはそれによって伐採された森林があった可能性も考えられている。

図 4:宮ノ前遺跡出土の昆虫化石 (早川ら 1998 より)
図 5:復原された古環境 (早川ら 1998 より)

【収蔵と見学】
飛騨みやがわ考古民俗館にて、出土資料を収蔵・展示中。
開館日は限定されるので、飛騨市教育委員会に照会する必要がある。

※ トップの写真も飛騨みやがわ考古民俗館展示
     (左2点:角柱状細石刃核、右上下:細石刃)

参考文献
青木要祐・佐々木繁喜 2022「本州における白滝型細石刃石器群の石材消費」『日本旧石器学会第20回研究発表シンポジウム予稿集』日本旧石器学会 pp.29-32
小島功・立田佳美 2000『岐阜県吉城郡宮川村 宮ノ前遺跡発掘調査報告書(Ⅱ)』岐阜県・宮川村教育委員会
小島功・立田佳美 2002『岐阜県吉城郡宮川村 宮ノ前遺跡Ⅲ・塩屋島遺跡』岐阜県・ 宮川村教育委員会
早川正一・河野典夫・立田佳美・小島功 1998『岐阜県吉城郡宮川村 宮ノ前遺跡発掘調査報告書』岐阜県・宮川村教育委員会
 


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