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【げ】 下呂石 

下呂石(げろいし)

                      南山大学大学院 村瀬早紀

1 下呂石とは
 下呂石は中部地方を中心に石器石材として多用された岩石で、湯ヶ峰(岐阜県下呂市)から産出する(図1)。湯ヶ峰山頂部を構成する「湯ヶ峰流紋岩」(山田ほか1992)には、黒色ガラス質~灰色微晶質の黒雲母流紋岩が含まれる。1920年ごろから、この黒雲母流岩が石器石材として利用されていることが認識され始め、「湯ヶ峰石」や、「黒雲母石英安山岩」などと称されていた。今日では石原哲弥(1981)の提案にしたがい、「下呂石」に統一されている。湯ヶ峰流紋岩は約10~12万年前の火山活動によって生成されたと見られている(清水ほか1998、Matsumotoet al.1989)。

図1 湯ヶ峰 遠望

2 下呂石の多様性と由来
 下呂石は、エネルギー分散型蛍光X線分析装置を用いた分析においては、1種類の岩石と見なされているが、その原礫面や石質は多様である(図2)。この多様性に着目し、原礫と考古遺物とを対比する試みが盛んになされている(平井2021など)。筆者の最近の研究では、下呂石の外観や石質の違いは比重の違いとも対応し、産出層準の違いに由来することが判明している(村瀬2022)。

図2 多様な下呂石の原石

3 湯ヶ峰周辺の原産地遺跡
 湯ヶ峰の麓には、ナイフ形石器や石刃、尖頭器が出土した大林遺跡、縄文時代早期の上ヶ平遺跡、縄文時代前期の峰一合遺跡、縄文時代後期・晩期の下島遺跡など、様々な時期の遺跡が知られる。一方、湯ヶ峰流紋岩が分布する湯ヶ峰山頂部では、発掘調査や詳細な分布調査が実施されず、原産地遺跡としての実態は長らく不明であった。この状況は、最近の湯ヶ峰山頂遺跡の発掘調査で改善しつつあり、尖頭器製作を主とする石材原産地遺跡の姿が明らかになりつつある(上峯2022)。
 下呂石は湯ヶ峰のみならず、湯ヶ峰の西を流れる飛騨川に流れ込んで下流の木曽川へと運ばれ、岐阜県南部や愛知県西部でも河床礫として採取可能である。この河床礫の特徴を地点ごとに記載した齊藤基生(1993)の仕事は特筆すべきで、齊藤の知見や収集資料に依拠して、下呂石円礫の採取地点の判別法が考案されている(中村2021)。

4 下呂石の利用時期と流通範囲
 後期旧石器時代前半期には、静岡県井出丸山遺跡(図3)、長野県仲町遺跡、同貫ノ木遺跡、愛知県上品野遺跡など、台形様石器石器群に下呂石製遺物がともなっている。ナイフ形石器石器群では長野県清明台遺跡、岐阜県椿洞遺跡など、細石刃石器群では長野県柳又A遺跡、同中ツ原5B遺跡、同矢出川遺跡などで下呂石の利用が知られるが(中村2007)、台形様石器石器群にくらべて下呂石の流通範囲は縮小するように見える。
 縄文時代草創期には下呂石の流通範囲が再び拡大し、長野県神子柴遺跡の大形尖頭器(トップ写真)、新潟県小瀬ヶ沢遺跡や千葉県六通神社南遺跡、奈良県桐山和田遺跡などで、下呂石の利用が確認できる。

図3 最古の下呂石製石器 井出丸山遺跡 後期旧石器時代初頭(諏訪間順氏写真提供)

【文献】
石原哲弥1981「飛騨下呂石を原材とした石器の研究-益田郡下呂町湯ヶ峯産のハリ質黒雲母安山岩-」『飛騨史学』2、飛騨史学会、pp.26-35。
上峯篤史2022「岐阜県下呂市湯ヶ峰流紋岩原産地における考古学・地質学的調査(2)」『日本旧石器学会第20回研究発表・シンポジウム予稿集』、日本旧石器学会、pp.39-40。
齊藤基生1993「下呂石-飛騨・木曽川水系における転石のあり方-」『愛知女子短期大学紀要人文編』26、愛知女子短期大学、pp.139-157。
清水智・山崎正男・板谷徹丸1998「両白-飛騨地方に分布する鮮新-更新世火山岩のK-Ar年代」『岡山理科大学蒜山研究所研究報告』14、岡山理科大学蒜山研究所、pp.1-36。
中村由克2007「下呂石の供給」『縄文時代の考古学』6、同成社、pp.204-212。
中村由克2021「下呂石製石器の石材採取地の推定法」『東海石器研究』11、東海石器研究会、pp.21-30。
平井義敏2021「湯ヶ峰における下呂石の石質と分類について」『斐太紀』27、飛驒学の会、pp.57-71。
Matsumoto, A., Uto, K. and Shibata, K.(1989)K-Ar dating by peak comparison method-New technique applicable to rocks younger than 0.5Ma.Bulletin of the Geological Surveyof Japan, vol.40(10),National Institute of Advanced Industrial Science and Technology.Geological Survey of Japan,pp.565-579。
村瀬早紀2022「比重測定に基づく石器石材獲得地の推定:下呂石原産地・湯ヶ峰における事例研究」『日本旧石器学会第20回研究発表・シンポジウム予稿集』、日本旧石器学会、pp.25-28。
山田直利・柴田賢・佃栄吉・内海茂1992「阿寺断層周辺地域の火成岩類の放射年代と断層活動の時期」『地質調査所月報』43(12)、工業技術院地質調査所、pp.759-777。




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