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【こ】 黒曜石水和層法 

 <旧石器電子辞書> 黒曜石水和層法 (こくようせきすいわそうほう)

                        中沢祐一(北海道大学)
【研究経緯】
 フリードマンら北米の地質学者によって開発され、1960年代初頭に考古遺跡の年代測定へも適用できることが示された(Friedman and Smith 1960)。その簡便性と実用性の高さから、瞬く間に黒曜石を産する遺跡の年代測定に広く利用されるようになった。
 日本へも鈴木正男(Suzuki 1971)や近堂祐弘(勝井・近堂1967)によっていち早く導入され、南関東や北海道(白滝や十勝)の後期旧石器時代の遺跡の年代推定へ利用された。
巻頭写真:斗満台地遺跡(北海道陸別町)出土の両面調整石器(R-15)の水和層。矢印の範囲が水和層(厚さ4.5μ)
 
【原理】
 黒曜石の表面に形成される水和層(写真)が時間に比例して厚くなることに基づき、その厚さから経過年代を推定することによって、黒曜石を用いた石器が製作された年代を推定する方法である。
 年代算出には、Xの二乗=ktという単純な式が用いられる。X(水和層の厚さ)、t(時間)、k(水和速度)である。単位は、Xはμ(ミクロン)、tは年、kはμの二乗/1000年(1000年あたりに発達する水和層厚の二乗)で一定である。ただし、k(水和速度)は黒曜石が置かれた温度環境の影響を受ける。温度が高いほど水和は進みやすく、kも大きくなる。この温度依存性が黒曜石水和層法の特徴であり、放射性炭素年代測定のような放射性元素の崩壊原理を用いた方法と大きく区別される。
 1999年に物理学者のアノヴィッツらによって、これまでの光学的原理に基づく水和層のとらえ方は誤りであり、水和層はガラスへ浸透した水素イオンの濃度変化という物理化学的原理に基づくプロセスによって理解しなければならないというラディカルな批判がなされた(Anovitz et al. 1999)。そして、拡散方程式を利用した年代算出法が導入された(Anovitz et al. 前掲; Liritzis 2006)。同時に、黒曜石の含水量が変数として注目されるようになった。黒曜石の含水量が産出地ごとに大まかに異なることから、年代測定に際して黒曜石産出地ごとにサンプルをコントロールすることが推奨された(Rogers 2008)。ただし、同一の「産地」においても原石の産出地点によって含水量がばらつくという報告もある(Stevenson et al. 1993)。 

定塚遺跡(鹿児島県曽於市)XVI層(後期旧石器)出土の黒曜石石器(No.2497)の水和層(背面直下)。青のバンドが水和層、赤の計測線が水和層の厚さ(8.9μ)を示す。

【計測法】
 黒曜石の一部から岩石薄片を作製し、偏光顕微鏡下で水和層を観察・計測する。薄片は表面に対して直交する断面で製作することが望ましい。偏光顕微鏡などの設備投資は必要だが、薄片製作以外のコストはほとんどかからないことや、同一の遺跡や石器群から多数のサンプルを得ることで、統計的な評価ができる点に利点がある(Michels and Tsong 1980)。
 破壊分析が基本だが、1990年代には近堂が顕微分光光度計による非破壊の計測法を導入した(近堂1999)。これは黒曜石ガラス表面とその奥の水和層と未水和ガラスの境界面で反射率が異なることを水和層厚の計測へ応用した方法だが、資料の表面状態(平坦さ、傷の有無)が測定値の信頼性へ影響するため、計測点の選別に労力を要する。分子レベルにおいて水がガラスへと拡散することが水和であるという理解が共有されたことにより、二次イオン質量分析法によって表面直下にある飽和した水分子の濃度計測とそれに基づく拡散係数の導出法・年代算出法が示された(Anovitz et al. 前掲; Liritzis 前掲)。現状では、二次イオン質量分析法は偏光顕微鏡を用いた薄片観察よりも分析コストがかかる。 

【引用文献】
Anovitz, L.M. et al. 1999 The failure of obsidian hydration dating: sources, implications, and new directions. J. Archaeol. Sci. 26, 735-752.
Friedman, I., and Smith, R.L. 1960 A new dating method using obsidian: part I, the development of the method. Am. Antiq. 25, 476–493.
勝井義雄・近堂祐弘1967「黒曜石の水和層による年代測定法」『第四紀研究』6-4, 168-171.
近堂祐弘1999「⑧黒曜石水和層法」松浦秀治・上杉陽・藁科哲男編『考古学と年代測定学・地球科学』pp. 110-120, 同成社
Liritzis, I. 2006 SIMS-SS, a new obsidian hydration dating method: analysis and theoretical principles. Archaeometry 48, 533-547.
Michels, J.W. and Tsong, I.S.T. 1980 Obsidian hydration dating: a coming of age. Advances in Archaeological Method and Theory 3, 405-440.
Rogers, A.K. 2008 Obsidian hydration dating: accuracy and resolution limitations imposed by intrinsic water variability. J. Archaeol. Sci. 35, 2009-2016.
Stevenson et al. 1993 Homogeneity of water content in obsidian from the Coso volcanic field: implications for obsidian hydration dating. Geoarchaeology 8, 371-384.
Suzuki, M. 1971 Chronology of prehistoric human activity in Kanto, Japan, Part I: framework for reconstructing prehistoric human activity in obsidian. J. Fac. Sci. Univ. Tokyo Sect. V Anthropology, IV-1, 241–317.

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