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【こ】 腰岳黒曜石原産地

腰岳黒曜石原産地(こしだけこくようせきげんさんち)

                              芝 康次郎

1 概要

 腰岳(こしだけ)は、佐賀県伊万里市から西松浦郡有田町に所在し、山腹には多量の黒曜石が散布する黒曜石原産地である。腰岳の黒曜石は、後期旧石器時代前半期からその利用が始まり、縄文時代には北は韓半島南部、南は琉球列島、東は近畿地方にまで広がっており、西日本屈指の黒曜石原産地といえる。

2 立地と地質構造

腰岳は、佐賀県伊万里市から西松浦郡有田町にかけての標高487.6mの円錐形をなす山である(北緯33度14分36秒、東経129度52分13秒)(fig.1 巻頭図版)。黒曜石はこの腰岳山腹に広がる。腰岳の地質構造は、下部の北松浦玄武岩類と上部の有田流紋岩(厚さ60~70m)からなり、黒曜石はその境界である標高400~420m付近に産出する(長岡ほか2003)。有田流紋岩は、280~230万年前の鮮新世に形成され(宇都ほか 2002)、おもに黒雲母流紋岩からなる溶岩・凝灰角礫岩で、ざくろ石や角閃石を含む場合があり、しばしば黒曜岩を伴う。腰岳の黒曜石のK-Ar年代は2.76±0.16Ma (1Maは100万年)と報告されている(Kaneoka and Suzuki 1970)。

黒曜石は生成部付近から下方の山腹に転石として分布し、最大で人頭大程度、多くは拳大~掌大程度の大きさをもつ。黒曜石の破断面は漆黒色で、透明度が高く、斑晶等はほとんど含まない。原礫面には流理構造が見えるものが多い。山腹の黒曜石~ピッチストーンの元素組成は、かなり均質で同源マグマに由来すると考えられる(亀井ほか2015)。黒曜石の噴出年代が約280万年前と考えれば、流紋岩の噴出当時には腰岳山頂の溶岩ドームの周縁に厚く黒曜石が形成されたものと考えられ、現在その多くの部分は開析され、山麓に崩落したとみられる(腰岳黒曜石原産地研究グループ2014)。

3 腰岳黒曜石資源の開発と利用

腰岳産黒曜石は、後期旧石器時代前半期以降、弥生時代中期にいたるまで連綿と利用された。現在のところ最古段階は中部九州の後期旧石器前半期石器群(熊本県曲野遺跡、瀬田池ノ原遺跡等)であり、細石刃期にはほぼ九州全域での利用が確認されている。また韓半島南部の新北遺跡等でも化学分析により腰岳産とされる黒曜石があり(Kim・Lee 2015)、海洋渡航の証拠としても注目される(fig.2)。

fig.2  旧石器時代の腰岳産黒曜石の利用 

原産地である腰岳山腹では旧石器時代から縄文時代の遺跡が確認されている。発掘調査事例は北側山腹に偏るが、旧石器時代遺跡では小木原遺跡、縄文時代遺跡では鈴桶遺跡の事例がある。特に後者は縄文時代後晩期に北部九州で盛行する鈴桶型石刃技法の標式遺跡として著名である。

旧石器時代遺跡である小木原遺跡は、腰岳北山腹の標高約200mに所在する。道路建設に伴い発掘調査が実施され、石刃や石刃石核とともに台形様石器やナイフ形石器など総数7,721点の石器が出土した。ナイフ形石器は基部加工が施されており剥片尖頭器に類似する。腰岳の北西山麓には、昭和36年に明治大学により調査された平沢良遺跡があり、ここでも剥片尖頭器(安山岩製)をともなう石器群が出土している。これらのことはAT降灰前後に腰岳での石器生産活動が活発化したことを物語る。一方で、消費地遺跡の多い角錐状石器や細石刃石器群は、現在のところ腰岳山腹では見つかっていない。

fig.3 腰岳の露頭と遺跡分布

2014年より、腰岳黒曜石原産地研究グループが山腹の悉皆踏査を実施し、111地点に石器散布地点(≒遺跡)の存在を確認している(腰岳黒曜石原産地研究グループ2014、2017、2020)(fig.3・4)。この調査により、黒曜石の露頭あるいは一次生成部付近の標高400~420mにも遺跡が存在することが明らかとなり、先史人類が露頭にまでアプローチしていたことを示唆する成果を得た。また、標高400mから標高200mに至るまで、原石分布と対応するように遺跡が存在することが明らかとなっており、従来発掘調査等で知られていた北山腹の遺跡のほかにも山腹の広範に石器群が展開していることが示された。採集石器には旧石器時代から縄文時代の石器が含まれており、今後発掘調査等により遺跡の一次性や石器群の内容について検証していく必要がある。

fig.4  腰岳No.141地点採集の石器(左上端はナイフ形石器)

【文献】

亀井淳志・角縁 進・隅田祥光・及川 穣・芝康次郎・稲田陽介・大橋泰夫・船井向洋・一本尚之・越知睦和・腰岳黒曜石原産地研究グループ 2016「佐賀県腰岳系黒曜石の全岩化学分析」『旧石器研究』第12 号、日本旧石器学会、155-164 頁。

Kaneoka, K. and Suzuki, M. 1970, K-Ar anf fission track ages of some obsidians. Journal of the geological society of Japan. 76: pp.309-313

腰岳黒曜石原産地研究グループ 2014「佐賀県伊万里市腰岳黒曜石原産地における黒曜石露頭および遺跡群の発見とその意義」『九州旧石器』第18 号、熊本、九州旧石器文化研究会、169-184 頁。

腰岳黒曜石原産地研究グループ 2017「佐賀県腰岳黒曜石原産地の研究―2014 ~ 2015 年踏査報告―」『古文化談叢』第78 集、九州古文化研究会、23-49 頁。

腰岳黒曜石原産地研究グループ 2020 「佐賀県腰岳黒曜製原産地の研究2―2016 ~ 2018 年踏査報告―」『古文化談叢』

Lee,G.K., Kim,J.C., 2015 Obsidians from the Sinbuk archaeological site in Korea - Evidences for strait crossing and long-distance exchange of raw material in Paleolithic Age, Journal of Archaeological Science: Reports :pp.458-466 

長岡信治・塚原 博・角縁 進・宇都宮恵・田島俊彦 2003「長崎県五島列島 野首遺跡における石器の石材と原産地の推定」『野首遺跡』小値賀町文化財調査報告書第17集,小値賀町教育委員会,1-101頁。

宇都浩三・伊東順一・Nruyen Hoang・松本哲一 2002「西南日本の単成火山の時空分布と成因の研究」『平成14年度産業総合研究所年報』独立行政法人産業総合研究所,533-534頁




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