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【ふ】 船久保遺跡

ふなくぼいせき

                     玉川文化財研究所 麻生順司
【位置と立地】
 船久保遺跡は神奈川県横須賀市林5丁目に所在する遺跡であり、横須賀市№387遺跡として登録されている。地勢的には横須賀市の南西部にあたり、太平洋に張り出す三浦半島の中央部西側に位置する。遺跡は西方約1㎞に位置する小田和湾を見下ろす標高30~40mの起伏に富んだ丘陵上に位置し、相模湾越しに箱根連山や富士山を望む。本遺跡を含む周辺の台地は樹枝状に延びた開析谷により小谷戸が発達し、細尾根や舌状台地が延びている。

船久保遺跡全体土坑分布図20190805

陥し穴状土坑の分布

【発見と調査】 

本遺跡は、神奈川県三浦半島を縦断する「県道26号(横須賀三崎)三浦縦貫道路」の延伸工事に伴う埋蔵文化財の事前調査として、玉川文化財研究所により平成25年から30年にかけて計5期の本格調査が行われた。
 船久保遺跡の旧石器時代の調査は、平成25年度に行われた第1次調査における旧石器時代の試掘調査によって遺物の存在が確認され、その後断続的に行われた第5次調査までに合計15,000点を超す遺物が出土した。
 これらの遺物群は、編年的には相模野第Ⅰ期後半、段階Ⅱから相模野第Ⅳ期前半、段階Ⅵまでに亘るものであり、合計で6時期の文化層が確認された。特に、第4・5次調査で発見された最下層の第Ⅵ文化層は、相模野B4~L5相当層に確認された。第4次調査で埋没谷底部に発見された大規模な石器ブロックを中心に石器ブロックが複数ヵ所検出され、谷部を中心に9ヵ所の石器ブロックが集中して存在していたことが確認された。さらに第5次調査ではほぼ同時期と考えられる石器ブロックが調査区西側の丘陵部から埋没谷の谷戸頭周辺にもまとまって検出され、最終的には40ヵ所を数える石器ブロックが大きく3つのブロック群を構成していた。
 石器は風化のために器種が不明な流紋岩質凝灰岩製の剥片類を主体とするものであったが、その他の定形石器としては台形様石器やスクレイパーをはじめとした剥片石器が確認され、特に三浦半島では初となる局部磨製石斧と打製石斧が出土したことは注目される。また、打製石斧の同一母岩からは石斧の製作過程を示す接合資料が確認され、長さ20㎝前後を測る凝灰岩の楕円礫を素材として個体を中央部で分割する石器製作工程が確認された。
 なお、この埋没谷底部に発見された石器ブロックの周縁部には大形の炭化材を含む炭化物集中部も4ヵ所確認され、放射性炭素年代測定により暦年較正年代33,000~36,000cal yr BPという分析データが得られた。

円形陥し穴状土坑土層断面

円形陥し穴状土坑全景

円形陥し穴状土坑

【陥し穴状土坑】
 陥し穴状土坑は、第1次調査の試掘調査において円形陥し穴状土坑の存在が確認され、第3次調査では長方形を呈する陥し穴状土坑の存在が確認されており、最終的には合計42基の陥し穴状土坑が確認できた。これまで他遺跡で発見されてきたAT以前の陥し穴状土坑は、円形の平面形に逆台形状の断面形を呈するものが一般的な形状であったが、今回船久保遺跡で発見された陥し穴状土坑は平面形が円形を呈するグループと、それとは別種の底部の平面形が長方形のグループの2種類が認められた。特に長方形陥し穴状土坑の形状は、開口部の平面形は円形や隅丸長方形を呈するものの、遺構上段辺りから徐々に長方形となり、中段から底部にかけては長軸の壁が内湾して長方形の四隅が鋭角に突出した特異な形状を呈し、底部では長軸に対して短軸幅が極端に狭くなるといったこれまで見たことの無いような形状を示していた。一方断面形は、長軸では上部に向かって緩やかに開く逆台形状あるいはコップ状を呈するが、短軸断面は中段で極端に狭くなる漏斗状を呈していた。
 このような2種類の陥し穴状土坑は遺構の掘り込み面にも違いが認められ、長方形の陥し穴状土坑はB3U層上面を掘り込み面として覆土にATを含む明るいL3層を多く含むことから、構築年代としてはAT降灰年代とされる30,009±189cal yr BP(工藤 2014)直前の年代が考えられる。一方、円形の陥し穴状土坑ではB3L層上面を掘り込み面として覆土にB3層の暗い黒色土を含み、同様の遺構が検出された打木原遺跡の円形陥し穴状土坑最下層の炭化物から31,360-30,881cal yr BPの年代値が確認されている。このように、この二種類の遺構は掘り込み面とともに覆土の色調にも違いが認められ、構築時期についても円形陥し穴状土坑の方が古いことが層位的にも年代的にも確認された。
 これらの陥し穴状土坑の分布状態は、平面形が長方形の陥し穴状土坑は合計13基が検出され、調査区内に認められた埋没谷の西側縁辺部を沿うように1列の長さ90mを測るほぼ直線状の列状配置が認められた(1~13)。また、長方形陥し穴状土坑すべての長軸が谷に向かう方向に設置されていることも大きな特徴と言える。
 一方、円形を呈する陥し穴状土坑は最終的には合計29基が検出され、長方形陥し穴状土坑とは異なって大きく3列に分かれた列状配置が認められた。まず合計17基で構成され、調査区西側の丘陵部を斜めに横切って埋没谷も横断する長さ80mを測る長大なA列(14~30)と、計5基で構成され、調査区西側から北西方向に延びる別の尾根筋を湾曲して横切るB列(31~35)、さらに5基で構成され、調査区北東部の谷戸頭から尾根筋を横切るC列(38~42)の計3列が確認された。
 このように船久保遺跡は、構築時期を異にして2種類の形状を持つ陥し穴状土坑が存在していたものと考えられ、旧石器時代前半期の遺構を考える上で大いに注目される事例と言える。特に類例のない長方形の陥し穴状土坑列の発見と丘陵部から谷部までを湾曲しながら横切るような長い円形陥し穴状土坑列の分布は、この様な「陥し穴猟」の狩猟対象獣の違いや狩猟方法の変化とも考えることが可能であり、新たな旧石器時代遺構の構成を捉えることができた重要な遺跡である。

長方形陥し穴状土坑土層断面

長方形陥し穴状土坑全景

長方形陥し穴状土坑

【収蔵と見学】
 出土遺物は神奈川県立埋蔵文化財センターに収蔵されている。見学は申請が必要。長方形陥し穴状土坑の土層断面は国立歴史民俗博物館に展示されている。

【文献】
麻生順司 2019 「横須賀市船久保遺跡」『シンポジウムHunting』浅間縄文ミュージアム・八ヶ岳旧石器研究グループ・佐久考古学会
工藤雄一郎 2012『旧石器・縄文時代の環境文化史-高精度放射線炭素年代測定と考古学-』
玉川文化財研究所 2014~2020『船久保遺跡~船久保遺跡第5次調査』


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