生物から見た世界

書評_004
生物における環世界を考察する
松川研究室M1 高唯

書籍情報
著書:生物から見た世界
著者:ユクスキュル

本書は、その主体が知覚・作用する世界(環世界)の概念を初めて提唱した。

「環世界」とは

環世界(Umwelt)とは、客観的に想定され得る“環境”の対概念として「生物自身が作りあげ彼らの知覚物で埋めつくされた」主観的な認識世界をいう。

犬や鯨、ハエなどから見た世界のことを考えたことがあるだろうか。それは果たして人間にとっての世界と同じだろうか。そんなことはありえない。ここで著者の名言を1つ、曰く「クモはつまり、ハエには見えない糸を張っているのである」。なぜならば、知覚器官と作用像が織りなす「環世界」が生物によって異なるからだ。 生物によって、その生物から見た世界というのはまったく姿が異なるもので、その生物固有の世界のことを、この本では「環世界」と呼んでいる。

動物それぞれの種に限らず、同じ人間であっても、生活習慣や経験などに応じて、個人個人によって「環世界」が異なることをも示唆している。

環世界(Umwelt)」と「環境(Umgerbung)」の違う

「環世界(Umwelt)」
・主観的
・それぞれの主体が環境の中の諸物に意味を与えて構築している世界のこと。

「環境(Umgerbung)」
・客観的
・ある主体のまわりに単に存在しているもの。

環世界の諸空間

我々今見えているものが環境だと思いがち。しかしそうではなく、我々が見えているものは知覚物で作り上げた環世界だと。「われわれは青いという知覚標識で空を認識し、緑色という知覚標識で芝生を認識するのである。」の考え方は衝撃。動物には動物の環世界が広がっている。盲導犬には人間の環世界を埋め込むことが必要の例は面白かった。

事例01:図 1 には盲導犬に導かれた盲人が描かれている。盲人の環世界はきわめて限られ たものである。彼にわかるのは、足と で探れる範囲の道だけである。彼がたどっ ている街路は彼にとっては闇のなかに沈んでいる。けれど、イヌは家へのきまった 道をたどって彼を導かねばならない。調教の難しさは、イヌの利益になる知覚標識 ではなくて盲人の利益になる知覚標識を、イヌの環世界に組み込まねばならないと ころにある。イヌが盲人を案内するルートは、盲人がぶつかるかもしれない障害物 を 回していなければならない。とりわけ難しいのは、郵便受や開いている窓と いった、イヌがいつもは気にもせずにその下を通りぬけていくであろうものを知覚ふち いし 標識として教えこむことである。また、盲人がつまずくかもしれない歩道の縁石も、イヌの環世界に知覚標識として取り入れることは難しい。自由に歩きまわっているイヌがそれに気づくことはふつうならほとんどないのだから。[1]

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図1ユクスキュルの作る [「生物から見た世界」 p86]

事例02:鳥もちを付けたエンドウ豆が釣り竿にぶら下がって揺れているとオスの蠅はメスと勘違いして鳥もちに引っかかるという、オス心を弄ぶ実験からも著者は環世界を解き明かす。逆に動かない豆には全く反応を示さないという結果と同じ無関心は他の動物にも見られ、自分の利害関心に合う客体のみを自分の利害関心に合う形でのみ扱う知覚と作用の構造が環世界を形成。

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図2ユクスキュルの作る [「生物から見た世界」p60]

事例03:森に住むマダニ(図3)には眼も味覚もないが、木の上で待ち伏せ、下を通るほ乳類の皮膚腺から出る酪酸の匂いを感知すると飛び降りて暖かな皮膚の部分まで進み、血を吸う。
下に獲物のほ乳類が通るまで、なんと18年も待っている場合があるという。
このダニにとって、とりあえず酪酸の匂い以外のものは、世界に存在しない。ダニには三つの知覚しかなく、条件を満たす刺激が現れるまで、ダニの世界は停止している。刺激によって、突如としてダニの環世界は現れる。つまり、時間や空間は、生きた主体なしには存在しえない。

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図3ユクスキュルの作る [「生物から見た世界」 p11]

このダニの例から、すべての動物に当てはまる環世界の輪郭の概略を導きだすことができる。しかしダニは、環世界へのわれわれの洞察をさらに広げてくれるたい へん不思議なもう一つの能力をそなえているのである。ーー時間である。[2]

知觉时间

「時間は主体が生み出したものだ」by カール・エルンスト・フォン・ベーア

生物は機械ではない。主体である。生きた主体なしには空間も時間もありえない。たとえばダニにとっての瞬間(最短の時間の断片)は十八年であり、人間にとってのそれは十八分の一秒である。[3]

主観的世界がシャボン玉のように我々の周りを取り囲んでいるということ。その中では五感はおろか、時間の感覚さえ異なり、ハエなどは流れている時間がちがい電灯ですら何度も点滅しているように見える。我々と生物がちがう時間を過ごしているのを知るのに格好の実験がある。カタツムリの前に棒を取り出すとカタツムリは上がってくる。しかし、棒を1秒間に1から3回ほど震わされていると動いているもの、生き物と認識され、上がってこない。しかし、カタツムリの環世界では、1秒間に四回振動する棒は知覚できず、静止した棒である。我々が電球の点滅が見えないようにカタツムリには棒か停止したものにしか見えずあがってくるのである。

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図4ユクスキュルの作る [「生物から見た世界」 p 48]

本書評では、主な内容は環世界をめぐって詳しく説明している。「最遠平面」「知覚像と作用像」などの内容構成もある。

参考文献

[1].[2].[3].[4].[5]. ユクスキュル (1934) 「生物から見た世界」

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