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雑司が谷散人の街道遊歩 0625

京街道 2日目-12 2018.12.19

京都~大阪間には明治9年に官営鉄道(東海道線)が淀川右岸に開業したが、運賃が高く、淀川の蒸気船の方が賑わっていたという。
これに対しての京街道に沿った左岸側の電気鉄道計画として設立されたのが京阪電鉄。
大阪天満橋~京都五条間の開業は明治43年。

枚方市駅前

京街道の原形は秀吉が文禄5年に毛利一族に命じて築かせた淀川左岸の文禄堤。
よって、江戸初期の頃までは、路面の断面が半円形になっていたという。
その名残で、今も旧道筋が周囲よりやや高くなっているところがちらほらと見られる。

枚方宿

枚方市駅から徐々に西へ離れていく京街道旧道。
しかし、枚方宿の中心はまだこの先で、今とは街の中心がずれていることがわかる。
京阪電鉄も開業当時は枚方宿本陣に近い枚方公園駅が枚方駅で、枚方市駅は枚方東口駅だった。

枚方宿

京街道旧道右手に北村味噌。
明治16年創業。

北村味噌

枚方宿には徳川家縁故の大名の多くが参勤交代で休泊したという。
中でも御三家のひとつ、紀州徳川家は枚方宿を定宿とし、その格式高い大行列に、近くの農村からも多くの見物が集まったという。

枚方宿

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