カミングアウトを重く考えすぎた話~身近な多様性と理解~
前述
(前に記事で言ったかもしれませんが、私はパンセクシャル、そして多分Xジェンダーです。この情報を基に記事を書いていきます)
重く考えたきっかけ。
私は以前親にカミングアウトをしたことがある。
親と言っても母親のみで、察していない限り父親や他の家族は私のセクシャルマイノリティを知らないはずだ。
その時の親の反応は、「は?」だった。
さらりと言ったはずだったが、「Xジェンダー」というまだまだ普及しきっていない言葉。しかし「ジェンダー」がつくのなら性別関係だと思ったのだろう。
Xジェンダーについて説明してもピンと来ていないようだった。受け入れているのかいないのかわからなかった。
ただ、パンセクシャル(当時はパンセクの存在を知らなかったからバイセクシャルと言った)はなんとなく理解され、「あんたが誰と付き合うのかは勝手だけど、結婚とかになったら話は別になってくるからね」と言われた。
まぁそう言われるのも仕方がない。
なにせまだ、日本には同性婚が認められる法律も権利も書類もないのだから。
私は男性とも女性ともお付き合いをしたことがない。
どちらにも片思いをしたことはある。
同性からも異性からも告白をされたこともある。
だが、結婚願望は元からなく、まして未成年なので結婚までは全く考えていなかった。
とりあえず親に隠すのもどうかと思い行ったカミングアウト。
したからと言って、特に避けられるわけでも気を使われるわけでもない。
それでも第一声の「は?」が忘れられなくて、私はそれ以来、カミングアウトは重要で深刻なこと、重いこと、と考えてしまっていた。
友達がさらりと言った「私、どっちもいけるからさ」
親にカミングアウトして数ヶ月後だった気がする。
中学生の時に仲の良かった地元の友達と通話をした。
高校が分かれてしまい、そこからたまにしか連絡を取らなくなってしまったが、友達には彼氏ができていた。
話の流れで、中学の時の話になった。そして段々話は深くなり、当時好きだった人の話になった。
「当時の好きな人、女の子だったんだよね」
友達が唐突に言った。
「あ、私、どっちもいけるからさ。Xジェンダーなんだよ」
私が親にしたカミングアウトよりもあっさりとしていた。
好きな人の名前もしっかり教えてもらい、たしかに振り返ってみれば距離がやたら近かったなと思った。
「私も、バイなんだよ。バイというかパンというか」
怖かったけど、この人なら話してもいい気がした。共有できる気がした。
「あぁ、なんとなく雰囲気的にそんな気がする」
友達は、なんとなくLGBTの人がわかるようで、私のセクシャルマイノリティのことも雰囲気から前々から察していたらしい。
すっと肩の荷が軽くなった気がした。打ち明けるべきか迷っていたのも事実だった。
友達に親にCO(カミングアウト)したことを伝えると、
「私まだ言えてないよ。だからすごいと思う」
と称賛された。
友達も友達なりに、親や大人に言うことに躊躇いがあるらしい。私はなんとなくバイっぽい感じがしたから言ったそうだ。
「もしお互い将来恋人がいなかったら...さ」
友達が冗談で言った言葉の意味が、私にはわかった。
「いいね、それ」
電話越しに私たちは笑った。
友達は笑って言った「俺がそれを理由に友達辞めるとでも?」
私には元々片思いをしていた男友達がいる。
といっても、私が告白して相手が振り、それでも共通点が多く趣味の合う私たちは、今も通話したり遊びに行ったりしている。
私が信頼を置いている友達であり、私は今はもう恋愛感情をその人に対して持っていない(友達としては本当に好きだし信頼している)
深夜のテンションもあり、これから長く友達関係が続くかもしれないと思った私は、通話で自分のことについて話そうと思った。
気持ち悪がられるかもしれない。もしそうなったら、いっそ関係を切ってしまおう。
私は「大事な話」と称して相手に伝えることにした。
「...ってことで、私両性ともいけるんだよね」
できるだけ軽く、少し前置きをして話した。
「あ、そういう人無理とかなら通話切っていいしLINEブロックしていいよ」
冗談っぽく、でも本心でそう言った。
通話越しの相手は笑って、そして驚いたように言った。
「俺がそれを理由に、お前と友達辞めるとでも?」
「今って割と多様性の世の中だし、そういう人もいるじゃん。それならそれでいいんじゃないの?そんくらいで関係絶たないよ」
相手は私よりよっぽど頭が良くて(勉強面でもそれ以外でも)、でも深く物事を考えない人だ。
それ故にか、言うことを悩んでいた私に対して、前置き以上に短く肯定された。
緊張は解れた。ずっといつ言おうかと思っていた話題が、ものの10分程度で終わってしまった。
いや、それ以上に短かったかもしれない。
私たちはそれ以降別の話題で盛り上がり、私の肩の力は自然と抜けていた。
後輩は言う「初めて同じ人に出会いました!」
これは随分最近の話だ。
一緒に電車に乗っていた後輩と恋愛話になった。
「男でも女でもいいから恋人ほしい」
私が何となく発した言葉(この言葉言うと理解あるかどうかがわかったりもする)
「わかりますそれ」
後輩男子は同意した。
「私男子でも女子でもいけるからなぁ」
COしたつもりはなかった。ここ最近の私は割とバイであることを話すことに対し、重く受け止めなくなっていた。
「俺もですよ」
「え、まじ?!」
意外だった。いつも彼女が欲しいとぼやいている彼は、意外にも仲間だった。
「同じバイの人に初めて出会いました!」
割と近くにいるんだなと改めて思った。
後輩も後輩で、あまり人にCO出来ないと言っていた。だからこそ、同じ境遇の人に出会えてよかった、と。
時代変わってきてるし。
最近の私は、信頼している人にはさらりとCOすることが増えた。
なんとなく、「この人なら否定はしないだろう」と思える性格や考え方をしている友人や先輩に。
どうこうしてほしいわけではない。ただ、私を知ってほしいだけ。
やはりまだ少し躊躇うことがある。これは事実だ。
しかし、私が選んでCOした人は皆、「そうなんだ」「引かないよ、大丈夫」「私もだよ」などと言ってくれることが多い。
私はCOを重く捉えていたのかもしれない。
それでも同性愛をテーマにした映画や漫画、LGBTが特集された記事やテレビ番組を見て、「理解できない」「おかしい」と言う友人や知り合いが周りにいることも事実。
まだまだ全員にCOしたり、理解される世の中にはなっていない。すぐにそうなるわけでもないだろう。
それでも私はCOしたことで、実はLGBTで悩んでいたり誰かに言えなかった友達にも会えたので後悔はしていない。
案外周りにはセクシャルマイノリティを抱えている人がいることもわかった。
そういえばCOした母親は、LGBTを特集したテレビ番組が放送されていると、教えてくれたり録画したりしてくれるようになった。
母親なりに、尊重しようとしてくれているのだろうか。
この先何年経って、皆が多様性という言葉を理解するのだろうか。
男女平等だとかLGBTだとか同性婚だとか、社会は変わりかけているのに人が適応出来ていない部分や、断片的にしか受け入れられない部分も多い。
それでも昔に比べて「ジェンダー」という言葉は普及し、認知度も高くなっている。
私はもっとジェンダーとそれに伴う結婚や恋愛、様々な価値観が理解されてほしい。理解されなくてもいいから聞く耳を持つ世の中になってほしいと思う。
pride月間を過ぎてしまったけど、この記事を書けてよかった。
もっともっと、性別に対して寛容な世の中になりますように。
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