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カタルシス

ボディコンワンレンお立ち台。赤坂、新宿、六本木。街も人も賑わっていたあの頃。多くの男女が艶やかに光っていた。彼女もその中の一人だった。刹那の出会いに永遠を感じさせた男がいたり、真面目に付き合った男に裏切られたり。そんな気持ちがすり減る日々に疲れて、彼女は男達と距離をとるようになった。

世の中ではインターネットがもてはやされた。彼女も仕事やプライベートで使う機会が増えた。現実世界での人とのやりとりよりも、メールや掲示板での繋がりの方が彼女には居心地が良かった。馴染みの掲示板に心惹かれる書き込みをする人がいた。いつしかその人が大事な人になっていた。

結婚するまでは愛の言葉を紡いでたのに、家事も育児もせず、気に障ることがあると夫は怒鳴った。彼女はモラハラを堪えるために趣味の写真を心のよりどころにした。切り取った世界だけは輝いていた。誰ともなく見て欲しくてインターネットに投稿した。するとサークルに誘われ同好の人たちと交流をもつようになった。

オフ会に彼女はハマった。まとめ役の人、支えている人、元気な人、バーチャルとリアルが混在する空間は日頃の苦しさを忘れさせてくれた。オフ会のために仕事や家事や育児を限界まで頑張る、そんな日々を送っていたら10年の月日が流れた。

「ずっと好きだった」

いつもゆるくやりとりしている趣味友からの突然の告白だった。コロナウイルスが流行り始め様々な活動が自粛しオフ会もなくなった。もう彼女に会えない、彼はそう思って打ち明けたそうだ。10年越しに温められた思いに彼女は包み込まれた。いつか二人きりで会うことに彼女は了承した。

緊急事態宣言が出ると夫の仕事はテレワークになり、子供たちは自宅でオンライン授業になった。普段は静かなリビングに、朝から晩まで家族全員がいる日々が続きギクシャクとしていた。そんなときに彼からのメッセージが届いた。

「君とセックスがしたい」

スマートフォンを持ったまま彼女は固まってしまった。顔から火が出るほど恥ずかしかったが、嬉しかった。女性として認められている。子供が生まれてから15年間セックスレス。艶事の勝手など忘れてしまった。

不倫、姦通、不貞行為。調べれば社会通念上不道徳なものであることはわかりきっていた。ダメなことだと気が付きながらも、思いを堪えきれずに踏み出した少数派の意見が知りたかった。彼女は有象無象の渦であるSNSに登録をした。

『婚外?不倫と何が違うの?沼?分散?好きな人がいるのに?え!?ダイレクトメールが来た…会社経営してます?写真だ、カッコいい♪例のやつ?吸うの?ナカイキさせます?なにそれー♡』

氾濫した情報の波に飲み込まれそうになった。こんなことならモラハラの夫を早くに見限って出会いを求めればよかった。でもいまは相思相愛の彼がいる。コロナウイルスが蔓延することでホテルのデイユースプランが増えたことを知ることもできた。

駅で二人待ち合わせるとそのままホテルへ。会話もそこそこに彼は彼女を貪った。男性は多くを語らない分、身体を使って愛情表現するものだと彼女は思っていた。その後も何度も逢瀬を重ねた。連絡はセックスするためのアポイントメント。駅とホテルとコンビニの行き来。抱かれるたびに虚しさが漂った。愛情ではなく性のはけ口のように感じた。

彼女はSNSで彼との顛末をつぶやいた。同じような悲しみと虚しさを経験した女性たちが共感してくれた。似た価値観の人は「婚外はセックスだけではない」と考えていた。男性にも似た感覚の人がいて、そんな人とは仲良くできた。

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カフェはお茶の時間になって混み始めてきた。僕たちのグラスの氷はほとんど解けていた。新しく始まった彼女の婚外ストーリーで盛り上がっていたが、彼女の一言で雰囲気は一変した。

『一回だけ我慢すればいいと思ったのよ』

SNSで仲良くなった男性にレイプされた話を苦しそうに彼女は話した。新しい彼ができて気持ちが軽くなっていた。初めて会う人の車に乗ってしまったことが間違いの元だった。郊外で食事をしたあと車内で襲われた。その後、彼女が性病に冒され、それがパートナーにも移って大ごとになった。

『もうセックスできないかもしれない』

彼女が泣きながら謝ると、それでもいいよと彼は言ってくれた。涙が止まらなかった。この半年大事をとって身体の交わりはないが、頻繁に会ってお互いの仲を深めあっている。彼から尊い優しさをもらって、日々彼女は癒されているそうだ。

僕は残っていたアイスコーヒーを飲んだ。薄くなってしまったが乾いた喉を湿らせてくれる。救いようのない婚外に救われることもあるのかもしれない。そんな気がした。


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