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【カクヨム書評】『木漏れ陽の里』~自然は心を初期化する【山の日】

筆:嶋幸夫
編:なんかつくろう部

嶋(やまどり)です。ふと思い立ち、メンバーの書評を書くことにしました。
うたかた。さん著作のWeb小説、『木漏れ日の里』です。

角川武蔵野文学賞に応募中とのことで、著者のうたかたさんがレビューをお願いしたいと
なんかつくろう部のDiscordにてシェアしてもらったのがきっかけです。

自然を扱うテーマに共鳴した

ご本人に掲載許可をとるとき、こんなことを言いました。
「書きたいと思うテーマをバッチリ表現していて、正直嫉妬してしまうくらい」

というのも、同様のテーマで今までうまくいかなかったのです。

例)
・ダムで自殺しかけて、死神にたしなめられる話
・荒地に広がる砂粒の配列を、最上の美と認識するAI

自然と文明の対比だとか、はたまたその融合だとか、
そういった自然にまつわるテーマを混ぜたがる傾向が、僕にはあるみたいです。

ですが、なかなかテーマとして伝えるのが難しいと感じていました。
書いてる途中で複雑怪奇になってしまって、テーマがあやふやになってしまう。主題を一貫させるのは、本当に大変なことです。

『木漏れ日の里』は、そんな僕にとって
ピッタリバッチリど真ん中を射貫いたような作品でした。

どんなお話?

うたかたさんの作品キャプションを拝借すると、

「ニートだった青年が森でメンタル回復してく話」

とめちゃくちゃ単純明快に書かれております。
林業の仕事で知り合った「職人」との対話を通して、立ち直るその瞬間を描いたお話です。

敵がわからない

読み解くタイプのお話ではないので公然とネタバレしちゃいますが、回想の途中でいきなり父がぶっ倒れます。
引きこもりの主人公にとっては、いきなりのセーフティネット消滅です。そして母親が見つけてきた林業従事へのチケットを手に、行動を決意します。

この両親ですが、主人公の引きこもりを受け入れることができません。
ですが毒親として脚色されているわけではなく、何だかんだで協力的な一面もあるように思います。
そして主人公も親と喧嘩して家出などしますが、あくまで逃げているのは「都会から」なのではと、僕には見えました。

敵がわからない。誰のせいにもできない。
だからこそ、主人公の独白には強い説得力があります。

陰から陽へ

著者のうたかたさんは多筆な方で、SFやテクノロジーの分野でも投稿されています。
そこが面白いところで、未来予想を突き詰めたからこそ、自然への回帰がより際立ってくるのだな!と勝手に納得していました。

(そろそろちゃんとレビューします)

まず、4,000文字程度と短いです。字数としては短いのですが、
大事なエッセンスだけをギュギューっと圧縮しているので、それが僕にはたまらなくうらやましい。
そして物語の構成は「陰」と「陽」です。日陰から日向に向かっていくだけ。

そのシンプルさが、作品全体に荘厳なイメージを付加しているように思います。

都会に置いてきた「間」の描写

そして地の文がメイン(8割くらいが回想)ですが、決して飾りません。
雰囲気を伝えるにとどめ、必要十分です。

台詞は少ないですが、一言一言に存在感があります。
それが技巧として練られているのか、はたまたセンスの賜物なのかは図りかねますが、
心地のいい「間」を感じました。アンビエントミュージックとか聴きながら読みたいですね。

蛇足:メンタルの回復とはなにを指すか?

冒頭で、自然を扱うテーマに共鳴したと書きました。
それがもっとも表れているのが、「職人」が終盤放ったセリフです。

「人間だからあれこれと心が彷徨う事は止められない。過去を振り返り、未来の損得を勘定に入れながら、創意工夫を重ねて生きていく。だからこそ人はこんなに高度な文明を築いてこれたんだ。
 ただ、いつも目的化された人工物に囲まれてると、特定の目標に向かってないと気が済まないようになってくる。コスパや生産性を追い求める生き方だけを続けてると目の前にある景色が見えなくなって、今を生きることを忘れてしまうんだ。思い描いたフィクションの中にいて、気付いたら人生が終わってたなんてことになりかねない。私のようにね。」

この作品におけるメンタルの回復というのは、言い換えるのなら「思い込みの解消」なのかなと思いました。
原点に立ち返るという意味では「心の初期化」と呼べるかもしれません。

読後感としては強い感動というよりも、納得・収束といった言葉が当てはまりました。そこからじわじわ「これすごい」の波が追いかけてきました。

 ◆  ◆  ◆

だいぶ熱くなって2,000文字超えしてしまいました。
常日頃考えているテーマを身近な人も持っていて、しかも共有できるというのはうれしいですね。

自然をテーマに書きたい。もう一度そう強く思わせてくれた作品でした。