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頭のよさと情の厚さ

「少し前に、まりかさん、noteでまりかの強みを教えてください、って言ってたでしょ?
たくさんあるじゃないですか」
「そうかなあ。それが自信を持てないのよね。たとえば?」
「まずは頭のよさ。それから情の厚さ。
両方を兼ね備えたまりかさんは最強です。
もっと自信持ってください」


ゴールデンウィーク後半の真ん中、電車を乗り継いで2時間、まりかは東京の反対側に来ていた。
去年の秋、亡くなった伯父も眠る母方のお墓まいりと、そのすぐ近くに住む九つ若いお友だちとのランチだ。
待ち合わせの駅からゆっくり歩いて、途中の神社に寄り道したり、遭遇したネコをからかいながらお寺への道のりを往復すると、ハート柄を散りばめた新しい靴は、まりかのかかとに大きな靴ずれをこしらえた。
手持ちの絆創膏を貼ったけれども、ずるりと皮がむけてしまっていたので、あわてて近くのドラッグストアに飛び込み、バンドエイドの靴ずれ専用のを買った。
すでに3分ほど遅刻なのに、地図アプリはわざわざお店の裏手を案内してくれた。
遅刻は5分に延びた。


ジュンコさんは、未就学のお嬢ちゃんをパパとばあばに預け、駅前のイタリアンレストランの前で待ってくれていた。
ベージュのノースリーブに、袖口に紺色のパイピングがほどこされたワンピースがよく似合う。
数年前に再開発が終わったという駅前の広場に面した、テラス席も備えた大きなお店だ。
入り口はパリのカフェのように、扉を取り払って全面が開かれている。
待つことさらに数分、忙しく歩き回るギャルソンではなく、オープンキッチンのシェフが不安げなジュンコさんの視線に気づき、やがてギャルソンが予約の席に案内してくれた。


天井にむき出しの梁が洒落ている。
広い窓からほどよく差し込む日差しに遠慮するように、スポットライトが控えめに灯されている。
連休中とあって、客の半分ほどは子ども連れだ。
ママとパパと4人づれ、ジイジバアバと三世代連れ、お友だち同士のグループなど、ふだんより大所帯での食事に、子どもたちは大はしゃぎだ。
ジュンコさんとまりかは額を寄せ合い、高い天井に響く声たちの間を縫って、会話をする。

「ジュンコさん、お酒は?」
「まりかさんが飲むなら」
「じゃ、飲んじゃおうか。
ジュンコさん、クルマ?」
「いえ、自転車。置いて帰るから大丈夫です。飲みましょう」


フルートグラスに注がれたスパークリングワインで乾杯をした。
昼間から飲むお酒は、どうして人をこんなに開放的にするのだろうか。


「いつもまりかさんのnote、こっそり読んでいるんです。
何だか私ばっかり、まりかさんのことをあれこれ知ってしまうのが申し訳ない気がして」


ジュンコさんは、少し垂れ目気味の聡明な瞳をいたずらっぽく光らせて、笑った。
そりゃそうよね、50すぎのオバさんがあけすけとマッチングアプリの恋活を綴っているのだから、書く側はともかく、読み手にはいささかの気恥ずかしさがあるに違いない。


「あはは、いいのよ、思いっきり笑ってくれて。
恥ずかしげもなく、全世界に公開しちゃってるんだから」
「そんなそんな、まりかさん、とってもステキです」


つまむものもなく少々手持ち無沙汰なテーブルに、ギャルソンが、鳥の野菜巻きを持ってきた。
何か凝ったカタカナの名前がついていたけれども、お腹はきゅうきゅう音を立てながら、日本語でそれを欲している。
まりかは目配せをして、ジュンコさんより先に、フォークを伸ばした。


「ジュンコさんは、結婚して何年くらい?」
「知り合ってから、10年以上経ちます。
彼、結婚してすぐにうつ病で仕事を辞めちゃって、7年くらい働けなかったんですよ」
「ジュンコさん、すごい、彼を養っていたんだ」


初耳だった。
ジュンコさんとは1年ほど前に知り合い、何度か同じ講座を受けた仲間うちでの飲み会の中でふたりで話をしたことはあるが、こうしてゆっくり向き合って話すのは初めてだった。
たしか、小さなクリニックの医療事務の仕事をしているはずだ。


「ずっといまの仕事を?」
「うん、結婚していまのところに引っ越してきてからは」
「すごいなあ、ベテランさんじゃない」
「うふふ、同僚たちはみんな、私が仕事を仕込みましたからね。
産休、育休で1年くらい休んで、いまもパート勤務だけど、大きな顔して働いています」


クリーム色のほおに、ふんわりと目尻が垂れてくる。
色っぽい。
40そこそこ、仕事も家庭もいろいろありながら回している密やかな自信が、茶色がかった黒目からこぼれ落ちる。
女盛り、働き盛りのよい顔だ。
私が知っている以上に、しっかりした自分を持ち、思いどおりにならない中で、夫を守り、子どもを育てているジュンコさんに、まりかは少しだけ嫉妬をした。

「夫はね、いちばんひどいときはほぼ寝たきりで、私も精神的にけっこう大変だったんですよね」
「それでも一緒に暮らそうと思ったんだね。
私なんて、二度も結婚したけど、最長で8年だからさ。
結婚が長続きする秘訣って、何かある?」


まりかは、続いて出てきたガーデンサラダをよそいながら、ジュンコさんにたずねた。


「そうだなー。
あるとすれば、気にしないことかな」
「気にしないこと?」
「そう。そうやって夫が寝たきりでずうっと動けないときでも、あまり気にしないし、かまわなかったんですよね」


まりかは、目を見張った。
まりかならきっと、彼は自分と結婚したせいで病を得たのだ、まりかのせいだ、と、ひどく自分を責め、彼に問いただしただろう。
なぜか。
まりかは、自分の愛情に自信が持てないからだ。
彼がまりかを本当に必要としているのか、それとも邪魔に思っているのか。
反対に、まりかがそんな彼を必要としているのか、本当に好きなのか。
要は、まりかは自分に確信は持てないのだけれども、ジュンコさんは自分の気持ちに責任が持てる。
それが、パートナーシップを維持できるジュンコさんとの違いではないか。

話が止まらないふたりに、ギャルソンがそろそろピザを焼いてよいか、ていねいにたずねた。
お願いしますとまりかが答え、それぞれおかわりのワインを頼んだ。
2杯目のワインは、ジュンコさんの舌をなめらかにした。


「少し前に、まりかさん、noteでまりかの強みを教えてください、って言ってたでしょ?
たくさんあるじゃないですか」
「そうかなあ。それが自信を持てないのよね、私。たとえば?」
「まずは頭のよさ」
「それって、かわいげないよね」


まりかは、淡いピンク色のスパークリングロゼをひと口飲んだ。
頭がよい、は、まりかにとって褒め言葉でもあるし、つい卑屈になってしまうひとことでもある。
「まりかちゃんは、お勉強ができるからちょっとくらい器量が悪くてもよいのよ」と、子ども時代に言われた、あるいは言われたと思い込んでいたから。
それでいて、まりかは自分の頭の回転が早く、話の流れをするりと読んで、その場の空気を動かせるところが好きなのだけれども。


「頭がよいだけではないんです」
「なあに?」
「まりかさん、情に厚いんです」
「そうかな。意外と冷たいんだけど。
冷たいから、理由も言わずにサクッと問答無用で離婚を切り出したり、恋人に別れを告げたりしちゃう」
「でも、それを冷たいことをした、って思えるのは、まりかさんがあったかい心を持っているからなんです。
講座の子たちだって、まりかさんのそんなところを慕っているから、ああやってまとまっているんですよ」


まりかは、一緒に講座を受けた若い仲間たちの顔を思い浮かべた。
娘といくつも違わない20代から、世の不条理に気づいてしまった悩める30代、そしてジュンコさんのように夢を求めて現実の海でもがくアラフォー世代。
学生時代の友だちとも、仕事を通じての友人とも違う、志を同じくするまさに仲間たちだ。
愛情を注いでもらっているのは、私の方よ。


「頭のよさと情の厚さを兼ね備えているまりかさんは、最強なんです。
きっとステキな人が見つかります。
私ね、これを絶対に今日、まりかさんに言おうと思っていたから。
すごく満足です」



ほろ酔い気分で、帰宅の途についたまりかのiPhoneに、プッシュ通知が光った。
ジュンコさんだった。


「今日は楽しい時間をありがとうございました。
まりかさんは最高にステキなものを兼ね備えた女性なので、もっとツンツンしていてもいいのかな、と、帰り道に思いました。
ほら、男性は逃げるものを追いかける習性がありますし。
情熱を秘めながらもツンと澄ましているまりかさんも、何だか“らしい“気がします」


ジュンコさん、ありがとう。
さあ、さくらまりか、前を向いて進むのよ。
誇り高く頭を上げて歩くのよ。
いまも昔も決定的に欠けている、自分への信頼を、まりかは友人たちの手を借りながら、少しずつ取り戻している。

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