見出し画像

カンヌ映画祭2024日記 Day3

16日、木曜日。6時起床。シャワー、チケット予約、などのルーティン済ませて、外へ。寒い。雨がいつ降ってもおかしくなさそう。本日も気温は20度を超えないみたいで、もう少し辛抱が続く…。
 
本日の分の上映チケット予約日(つまり4日前)が、カンヌ入り渡航の移動中だったため、1枚も取れていない。なので、チケット無しの人も空席次第で入れる「ラスト・ミニッツ」の列に並ぶ1日になる。昨年の経験だと、それなりの時間をかけて並んでいれば、かなり入れる。なので、楽天的。
 
9時からのコンペ『Wild Diamond』(扉写真)に並ぶべく、1時間前の8時に行ってみる。まだほとんど誰もいなくて、ちょっと恥ずかしいけど、人で溢れて入れなくて悲しむよりはいいのだ。9時に「ラスト・ミニッツ」列の入場が認められ、先頭の僕は余裕でイン。恥ずかしいけど、いいのだ。

朝の曇天の中、並ぶ

『Wild Diamond』は、フランスのアガト・リーティンジェ監督による長編第1作。デビュー作がコンペ入りは、やはり快挙だ。フランス映画はカンヌにたくさん入るけれど、コンペ入りの競争率はべらぼうに高いはずで、それだけでこの作品には期待される。
 
物語は、19歳リアンヌのポートレート。南フランスの地方都市に、母と妹と暮らしている。リアンヌは流行(であろうと思われる)のメイクをギンギンに施し、あからさまな豊胸手術をし、露出の高い服装を身にまとい、セクシーな女性としてソーシャル・メデイアのインフルエンサーたらんとしている。彼女なりの美を体現するための努力は惜しまない。たとえその美が極端なものであっても。
 
母はだらしなくて生活能力が無く、リアンヌは万引きをして商品を売り、愛する妹の面倒を見る。リアンヌの送った動画を気に入ったテレビのディレクターから電話があり、リアリティー番組出演のオーディションを受ける。気に入られた感触を得たリアンヌは、ついに人生の活路が開いたと確信するが…。

"Wild Diamonds" Copyright Pyramide Distribution

「娼婦的」装いを好む無軌道な女性が映画の主人公である場合、旧時代の男性監督による作品であれば、自業自得で痛い目にあって報いを受け、そして更生するというのがパターンであっただろう。しかし現在の若い女性監督による作品であることを勘案すれば、そういう展開ではないだろうと予測でき、そしてその通りになる。誰でも自分の美を選ぶ権利がある。「娼婦的」装いを好みながらも、リアンヌは男性に対する身持ちは固い(というか、おそらく性欲が無い)。本作は従来の予定調和を覆す。いい時代になってきたなと思う。
 
スタンダードサイズの画面を用いた効果や、主演女優の演技に感心しつつ、現在のフェミニズム映画の文脈でも重要な作品になるはずだと興奮しながら会場を出て、デイリーで配られている業界誌を手に取ると、星取表の点数が低い。んー、どうしてだろうか…。僕は大いに評価したい。
 
11時に上映が終わって会場を出ると、ピーカン!なんだ、この急激な差は!日差しも強く、今季初のサングラス装着。このまま好天が続いてくれますように。

晴れた!

12時半から、とある業務でお世話になる日本の方と合流し、カンヌが初参加ということでマーケット会場をご案内する。
 
13時半から「ある視点」部門がメイン会場として使用している「ビュッシー」会場の「ラスト・ミニッツ」列にならび、14時に無事入場。見たのは、ルンガノ・ニョニ監督による『On Becoming a Guinian Fowl』。アフリカはザンビアの作品で、ニョニ監督は前作の『I am not a Witch』で注目を集めた存在。
 
おそらくは欧米で仕事人として自立したと思われる女性が故郷のザンビアに戻り、叔父の変死体を見つけたことをきっかけに葬儀を巡る地元の独自の風習に困惑し、やがて叔父の真の姿が明らかになっていくという物語。ユーモラスなタッチに、シリアスな主題を絡めていくニョニ監督のセンスは発揮されているのだけど、映画が途中で停滞してしまうと感じられる時間帯があり、少し残念。しかし、ニョニ監督はとてもユニークなモダンなセンスがあり、アフリカ映画を刷新していく存在であることは明らか。今後に期待したい。

"On Becoming a Guinean Fowl" Copyright A24

次に別会場に移動し、開映まで15分しかないので「ラスト・ミニッツ」列にダメモトで並んでみると、入れた。なかなか運がいい。見たのは、「スペシャル・スクリーニング」部門で、ロウ・イエ監督新作『An Unfinished Film』
 
10年前の撮影途中に頓挫したチャン・チェン主演の映画があり、それを完成させようと監督が企画する(監督はロウ・イエでは別の人)。スタッフを招集して追加撮影が行われるが、パンデミックとなり、チャン・チェンや監督たちはホテルに隔離され、またもや製作は止まってしまう…、というのが映画の内容。

"An Unfinished Film" Copyright Bac Films

それなりに面白く、チャン・チェンが見られるのは常に至福なのだけれど、これがドキュメンタリーであるとされていて、カンヌの最優秀ドキュメンタリー賞の対象作品にも入っていることが、気になってノイズになってしまう。ニコラ・フィリベール審査員長を筆頭に4人のドキュ審査員も鑑賞していた。これが実話をベースにしているかもしれないとはいえ(実際のところは分からない)、ドラマパートが再現ドラマであることは明らか。武漢のパンデミック下の様子のスマホ動画が挿入されることでドキュ感は一応あるものの、んー、これはドキュメンタリーではない。
 
普段はドキュメンタリーの定義にかなり柔軟であるつもりだけれど、どうしてこんなに抵抗を感じてしまったかというと、コロナ/COVID映画がもはや賞味期限切れであると感じていることと無関係でないと自覚している。時代の記録としては、必要だとは思うけれど。
 
18時45分からまた「ラスト・ミニッツ」列にならび、1時間で入場成功。見たのは、今年のカンヌで最も必見の1本であった、セルゲイ・ロズニツァ監督新作『The Invasion』。部門は、スペシャル・スクリーニング。2年間をかけて、ロシアがウクライナに本格侵入した2022年以来の戦争を映像に捉えてきた。ウクラナを代表する映画作家であり、旧ソ連圏の歴史を多くの作品で綴ってきたロズニッツァが、いかに現在のウクライナ戦争を映像化するのか、世界中が注目していたはず。上映前に監督が登壇し、大拍手で迎えられる。
 
「この2年間は、耐えがたい苦しみの2年間でした。本日その苦しみをみなさんと共有できたら幸いです」とコメント。
 
2時間半の作品は、徹底して市民生活がどのように行われていたのかを淡々と捉え、記録していったものだった。場所も時期も特定されず、暮らしのディテールが黙々と描かれる。従って、『マリウポリの20日間』のような、血が凍るような臨場感を伴う作品とは異なり、ロズニツァの視点による戦時下の人々の暮らしのスケッチ、だ。

"The Invasion" Copyright ATOMS & VOID

冒頭、戦死した兵士たちの合同葬儀の様子が長く映される。教会の葬儀と、市民の追悼。そこから、若い兵士のウェディングへと繋がる。戦地に行く前の結婚。ディア・ハンターを思い出さずにいられない。水を確保する市民たちやりとり、志願兵の訓練、新人女性兵へのライフルの使い方指導、そして、爆撃。破壊された建物。腕や脚を失った兵士たちの、ジムでのリハビリ。兵士や市民が憩うカフェで聞こえてくる会話の数々。葬儀、また葬儀。そして戦場。

"The Invasion" Copyright ATOMS & VOID

無数のディテールの集積が、戦争の全体像を浮かび上がらせていく。壮大なモザイク画。記録としても、アートとしても、そして観客に戦争を生きさせるためにも、歴史に残る作品であると確信する。
 
ため息をつきながら、急ぎ次の会場へ。
 
22時45分から、コンペで、スウェーデンのマグヌス・フォン・ホーン監督による『The Girl With The Needle』。前作『スウェット』がまばゆいカラー作品であったのに対し、本作は不穏なモノクロ作。しかし、若い女性の受難を描くという点では両作は共通している。

"The Girl With The Needle" Copyright Lukasz Bak

今作は、第一次大戦中に夫が行方不明になった若い妻の受難を描く物語。貧困、裏切り、失望の連続を経験しつつ、妊娠し、その過程で養子縁組あっせん業の中年女性と知り合い、彼女の仕事を手伝うようになる。しかし、そこにも驚愕の事実が待ち受けていた…、という内容。
 
おどろおどろしい。一瞬ホラーに振れるかと思いつつ、決してそちらにはいかない。あくまで、時代に抑圧される無力の女性の受難から、現代へのメッセージを絞り出す作品だ。ダークな映像が非常に効果的で、逆に前作『スウェット』のピカピカのカラーは監督の色彩へのこだわりであったことがよく理解できる。中年女性役に扮するデンマークの名優トリン・ディルホムの存在感も抜群。

"The Girl With The Needle" Copyright Lukasz Bak

マグヌス・フォン・ホーン監督の名前は、今後ますます大きくなっていく予感がする。いやカンヌのコンペ監督なのだから、もうすでにビッグではあるのだけど。本作の日本での紹介も期待したいところ。
 
本日はチケットがなかったのに5本見られたということで、カンヌの「ラスト・ミニッツ」はなかなか有効でっせ、という1日。
 
0時半にかなり寒い中をホテルに帰り、パンをかじってワインをすすって2時にダウン。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?