Skebふんわり空気感サンプル

 適当にお題を投げたりすると、いくらかの文章が返ってきます。
 そんなかんじのSkebです。受付はこちらへ。

 なんの指定もなければ基本的には小説めいた文章が返ってきますが、定期更新ゲー・TRPGのやさかの既存キャラについてとか、関連する小話とか、リクエストがあればそういうのも書きます。〇〇をテーマにひとくさり語ってほしい、とかも可。ただし、ちゃんと調べ物をしてちゃんとやる、ことはあんまりしないと思います。
 また、各文章の長さは筆の乗り次第です。ある程度まとまった量の文章が欲しい場合はその旨をお知らせください。お題やテーマを見て書けそうかどうか検討します。

 このnoteは、特にその他の指定なくお題がひとつ投げられたときにどういうものが返ってくるかのサンプルです。
 ふんわりした空気感の把握にどうぞ。

Sample01 たばこ

 最後の最後、お前のくちびるに触れたのはわたし。
 たばこの煙のひと吸いを、分けて与えて、それっきり。
 それは愛のくちづけなんかじゃない。それは優しい思い出なんかにはならない。

 お前が最期に呼ぶ名は、わたしのものじゃなかった。
 わたしはずっとそれを知っていたし、だから本当にその時が来ても、ああ、やっぱりわたしはお前の一番にはなれなかったな、と思ったきりだった。
 それでもお前はわたしの膝で、きりりと冷えた夜の空に白い息を吐き出し続けていた。震えるくちびるが、声もなく彼女の名を呼んでいた。
 お前が故郷に置いてきたあの娘。
 お前が彼女のことを語るたび、それはしゃぼん玉のようだった。
 他愛なくて、どうでもいいような、けれど虹色に輝くもの。陽の光の下で美しいもの。儚いから大切なもの。
 わたしはそれを聞きながら、いつだってたばこをくゆらせていた。
 魔女の紙巻き。特別なことはない。ただ、少し甘く、少し重いだけの。
 わたしのシガーケースから、一本の紙巻きをねだるお前の笑みを覚えている。売ってやろうかと言ったとき、あんたから一本ずつ貰うのがいいんだと答えたお前の声色を覚えている。
 きっとそんなこと、覚えていてほしいとは思っていなかったろうに。わたしだって、そんな些細なことばかり覚えていることになるとは思っていなかった。
 いつか。彼女の隣に立つお前を見納めて、一葉の写真のように、それが思い出になればよかった。
 彼女はたばこが嫌いだと言っていたから、お前だってわたしの紙巻きをねだったりはしなくなっただろう。そうしてわたしとお前は穏やかに別れて、煙のゆっくりと溶けて消えるように、互いの人生から去っていっただろう。

 それでよかったのに。

 今日この夜、わたしがお前にしてやれることはいくらだってあった。
 痛みを取ってやることもできたし、最後に幸せな夢を見せてやることもできた。彼女へ遺す言葉を聞いてやることだって、できた。
 でも、わたしは、お前の一番ではなかったから。
 わたしはお前の一番の望みを、ほんとうには知らなかったから。
 だからただ一言、最後のたばこはどうだと聞いたのだ。
 お前はかすかに笑って頷いて、紙巻きを抓もうとして、失敗して。火を点けたたばこを差し出してやっても、深く吸い込むことすらできなくて。
 言葉はもうなかった。
 淡く吸う息が終わりを招いて、仄かに吐く息で終わりへ近づく。静かに絶えていく呼吸の狭間。
 わたしは初めて、お前のくちびるに触れた。
 呼吸と交換される、たばこの煙のひと吸い。
 少し甘く、少し重い。お前がいつもねだった紙巻きの味。
 たったそれだけが、お前にしてやれたことだった。
 膝の上で眠るお前は、ほんのりと笑ったまま。
 わたしはそこに、ふうっと紫煙を吐きかける。煙はお前の頬を、くちびるを滑って、そして消える。紙巻きが燃え尽きていく。
 立ち上がる。行かなければならない。
 お前を連れてはいけない。お前についていくわけにもいかない。わたしたちは、愛のくちづけを交わしたわけではない。
 ここに残していくのは、たばこ一本。
 最後に、お前にくれてやる。一本ずつ、一本ずつ、お前にやってきた、その最後の一本を。

Sample02 鏡のような池

 その池には、「なお」というお名前のかみさまが住んでおります。
 冬、池の中の生き物がすっかり静かになって、さざ波ひとつないような朝にはよくいらっしゃる。暑いのはお嫌いだと仰いますから、夏にはあまり。少し涼しくなった夕のころには、時折お見かけいたします。春と秋にはご気分次第で、いつごろなら、というのがございません。ですから、お訪ねしてもほとんどお会いできません。
 とはいえ、顔を合わせてお会いできないときでも、わたくしが来たか来ないかはおわかりになるようで、あまり間を開けるとむっつりとしたお顔をなさる。
 おわかりになるならお顔を出していただければいいのに、と申しましたら、なんとも言い難いお声で唸りを上げて、一月はお姿を隠したままになりました。

 お会いしに行って、何をするわけでもございません。あまり長居のできるわけでもございません。
 ですから、どうして自分があの池に足繁く通うのか、わたくし自身不思議に思います。家の者も、もう何年も続くわたくしの奇妙な散歩ぐせに首を傾げております。眉をひそめる者もおります。
 それでもなんとなく。子供の頃から、変わらずに。

 わたくしは、でも、あの池が人を呑むと言われていることも存じております。
 実際に、わたくしの学友は一人、あすこで亡くなっています。あのときばかりはわたくしもずいぶん驚いて、怖くもなって。その上家族がこぞって止めるものですから、しばらく池へは近づけませんでした。
 だというのに、三月も経って季節が変わり、亡くなった方の話もなかなか出なくなったころには、わたくしは結局あの池へ。

 どうしてかと尋ねられれば、あの池は鏡だからなのです。

  あの池は、あすこにいる「なお」は、訪れたものの鏡でございます。
 学校で「なお」を知っている方は、今、わたくしの知り合いにも三人おります。上の学年にお一人、下の学年にお二人。
 みなさまが「なお」のことをお話しくださるとき、各々の知る「なお」はまったく別の誰かのようです。そして決まって、お話しされる方によく似た気性のように聞こえるのです。
 わたくしはどうやら、それが面白くて仕方がない。
 ごくふつうの鏡を覗けば、そこにいるのはわたくしです。けれども、「なお」という水鏡が映すものは、わたくしそのものではございません。なのに、わたくしとよく似ております。
 きっとわたくしは悪趣味なのでしょう。自分でそっと笑って隠していることを、時々覗いてみたくなる。

 一番頻々に池を訪ねているのはわたくしのようです。というよりも、みなさまは年に二度も会えばそれで十分、三度会うならずいぶん多い、そんなご様子です。
 呑まれぬように気をつけてくださいまし、とみなさま仰います。わたくしは神妙な顔をして頷きます。
 とはいえ、わたくしは、自分のことはあまり心配しておりません。「なお」はわたくしをお嫌いです。わたくしが自分の池で死んだとしたら、どんなにか苦い顔をするかわかりませんから。

Sample03 箱

  開けたらいけない箱というのが、あったと言うじゃないですか。
 そう、この世のありとあらゆる災いが、そこから飛び出したっていう箱ですよ。
 そんなものが本当にあったと思いますか。神話の時代のお話を、あなた、本当のこととして信じることができますか?
 あたしはねえ、それを信じていますよ。
 箱はいつだって開けないほうが良いものです。それがたとえ、親しい誰かからの、喜ばしい贈り物だとしても。
 開けなければ、その箱は素敵な贈り物のままです。贈られた喜びだけを手元に残してくれるものです。
 まあねえ、実際、そうはいかないことも多いのですけれどもね。目の前で開けるのを楽しみに待たれたり、どうしたっていつか中身を話題に上げなくちゃあならなかったり。そうでなくたって、中身、腐っちゃったりしますから。はは。卑近な話で申し訳ない。
 でも、あたしは、箱はできるだけ開けたくない。ずうっと箱のままとっておきたい。何が飛び出してくるか、わからないものはね。
 別に、びっくり箱を警戒してるわけじゃないんですよ。今どき、ピエロの顔がぴょんと出るような箱はなかなかない。少なくとも、自分で実物を見たことはない。
 小さい箱、大きい箱、大抵は好意でもってあたしのもとにやってくる。それは存じておりますとも。あたしのまわりには、いいひとが揃ってるものですから。ありがたいことに。
 これまでどんなものを頂いてきたか、覚えていますよ。例えば、宝石みたいなチョコレート。例えばふわふわのタオルのセット。ちょっと良いところのお酒の瓶。どれもみんな素敵なものでしたとも。
 わかっています、わかっています。あたしのこの思想は、ひとさまから見ればちょっぴり奇怪だ。
 どうしてかってお聞きになりたい?
 じゃあ、こっそりとお教えしますけれどもね。
 あたしの手元には、開けたらいけない箱ってのがあるんですよ。
 信じていただかなくても結構ですけれど、これは本当の話。開けちゃあいけないと、よくよく言い聞かせられておりました。誰にかは秘密です。それにたぶん、言ってもあなたはご存じない。
 それはねえ、ちっちゃくて、角の擦り切れた箱です。底のところが凹んでいたりもする。なんにも入っていないんだろうってくらい軽い箱。
 開けたら何が入っているかって言ったら、……これは本当に内緒ですよ。その中にはね、幸いが入っているんです。あたしはそれを、三度開けたことがある。
 そのときの気持ちったら、本当に幸せだった。
 今思い出しても、素晴らしかった。
 あたしはもう一回でもあの箱を開けたら、きっと閉じられなくなっちまうだろうな。いやあ、前に開けたときだって、同じことを思ったけれどもね。
 ただね、それはやっぱり災いの一種だと思いますよ。
 あたしが開けた箱を閉じられたのは、幸せすぎるってのは怖いことだからです。溺れっちまうと、自分ってものが薄ぅくなって消えていくような気がするんですよ。あたしはそれが怖くって。
 幸いの箱を開けっ放しにしたら、きっとあたしだけじゃなくって、世界中のみんながみんな、少しずつそういう幸せに浸ってくんでしょう。そんな世界が良いものなのか悪いものなのか、これはあたしにはわからない。
 問題なのはねえ、開けっ放しにした箱を閉められるのは、きっとあたししかいないってことなんですよ。
 世界のだあれも、箱のことを知らない。いや、あなたは今知ったから、だあれも、ってわけじゃなくなったな。まあ、ほとんどのひとは。
 神話を信じるなら、災いの箱はもう開いちまっているらしい。幸いの箱は、あたしの手元で閉じたままだ。
 あたしには、幸いの箱を真実開いて、世界にそれを出し切っちゃうようなことはできないでしょう。
 なにしろあたしたちは、幸いの箱の中にある、あんまりにも優しすぎる幸せのことを知らない世界で生きている。生まれたときから、たぶん死ぬまで、当たり前に。あたし、自分でそれを変えちまう勇気はないんです。
 まあ、いつかは別の誰かがあの箱を持つことになるんでしょう。そのときどうなるかは知りませんよ。知るすべなんてないですからね。
 これはただ、今この時に幸いの箱を持ってるあたしが、そのために、他のどんな箱だって開けないほうが良い気がするっていうだけの話。
 贈られたことが嬉しいほど、それがもうひとつあたしにとって幸いの箱じゃないか、わからなくって恐ろしい。
 だから、いやだなあ、この箱を開けたくないなあ。
 そう思うくらい、あなたからの贈り物がこんなに嬉しいんですよ。ねえ、ご理解いただけます?

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