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答えは「業界の常識」ではなく、顧客の本音にある。~戦力外Jリーガー社長の道のり24

『なんぼや』の成功の裏に、旧来の質屋の仕組みや雰囲気を引きずっていたブランド買取業界とは異なるアプローチをしたことはすでにお話ししましたが、具体的に何を変えたのかについて改めて振り返ってみたいと思います。明るくて落ち着く内装の店内、完全個室化、今では当たり前になったことが多いのですが、『なんぼや』を始めた当初から、現在のバリュエンスにつながる思いはありました。

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そもそも怪しい店舗は入りづらい

『なんぼや』では、「どこか後ろめたさを抱えて入る」質屋と一線を画すため、店舗の空間づくりには当初からこだわりました。こだわったといっても、お客さまが直接来店する店舗建築なら当たり前のことを実践しただけです。

明るく入りやすい、できるだけ怪しさはなくす。

当時はインターネットの広告を見て来店する方も多かったので、初見で入りにくい雰囲気があれば、店に入る前に「やっぱりやめて他のところに売りに行こう」というジャッジをされてもおかしくありませんでした。

質屋やその雰囲気を引きずった買取店では、「物が売れて換金できればそれでいい」というお客さましか来ないことを想定して、店舗空間についてはまったく無頓着でした。

入りやすく過ごしやすい店舗の方がいいに決まっている

「換金できればそれでいい」と思っている人でも、やっぱり不快な思いはしたくない。快適な空間でおもてなしされたら悪い気はしない。これが人情です。

おそらくそれまでの買取店では、顧客が求めるものの中に、快適な店舗空間や、おもてなしという概念はないと決めつけて、そのために設備投資をすることはムダ、もしくは過剰な投資と思っていたのだと思います。当時の買取店で店舗の内装や接客に気を遣うところはほとんどなく、だからこそ、「なんぼやは他と違う」というお客さまの感想を引き出すことができ、差別化ができたのだと思います。

鑑定士は正確な商品査定ができればいいのか?

店舗より重要視したのは、お客さまと直接接するスタッフの役割とあり方です。

従来の買取店では、品物の価値がわかる鑑定士が接客を行っていました。
高級時計、宝石、ブランド品の知識が豊富で、優れた鑑識眼を持っている鑑定士がいれば、値付けの面で失敗することはないという考え方です。

もちろん、買取店において知識や経験を持った鑑定士は重要な存在です。
私自身、鑑定士として店頭に立ち、お客さまと直接お話しした経験が大きな気づきを与えてくれたことはこの連載でも何度かお話ししていますが、商品を入力すれば買取価格が瞬時にわかる現在でも、最低限の商品知識や相場観は必要です。

ブランド買取店に来る人を増やすために変えなければいけなかったこと

しかしそれ以上に重要なのが、お客さまとのコミュニケーションを円滑に行うコミュニケーションスキルです。

そもそも、私にはなぜ質屋の店主や鑑定士が「上から目線」で商品を品定めしているのかがわかりませんでした

ぶっきらぼうに鑑定価格を告げ、この金額に不満ならお引き取りくださいといわんばかりの圧をかけてくる。これでは、お金に困ってどうしても現金が必要な人しか店に足を運ばなくなるのは当然です。

『なんぼや』では買取金額以前に、お客さまに信頼してもらえるような接客、会話を大切にすることにしました。

とはいえ、一般的な小売り業とは違い商品を買ってもらうことが目的ではないので、セールストークは必要ありません。これは現在でも変わっていませんが、買い取りの際はなるべくお客さまの話を聞くことを心がけます。

売り込むのではなく、聞き役に徹する

サッカーのボールポゼッションになぞらえて、トークポゼッションというものがあるとすれば、こちらが話している時間はなるべく少なくして、トークポゼッションをできるだけ低く保つことが大切です。

接客、接遇というと、やたらにこちらから話しかける対応を思い浮かべがちですが、買い取る商品についての情報はお客さまの中にしかありません

私が買い取りのために店頭に立っていたとき、何より難しいと感じたのが「お客さまの納得のいく金額を提示して満足してもらうこと」でした。

熟練の鑑定士がプロの目で正確な鑑定を行い、専門家からすればみんなが妥当という金額を提示したとしても、お客さまはほぼ納得することはないでしょう。

品物を売りに来たお客さまの満足はどこにあるか?

お客さまの中には「これくらいで買ってほしい」という希望価格があり、その金額と提示された額が離れていれば、その金額が鑑定的にどれほど妥当でもがっかりするのです。

もちろん、お客さまの言い値で買い取ることはありませんが、お客さまのだいたいの希望価格を知っておくことは重要です。お客さまが話してくれるエピソード、品物への思い入れや手放す経緯は、希望価格を知る大きな手がかりなのです。

『なんぼや』では、目の前の腕時計やジュエリー、バッグを「一円でも安く仕入れる」という思考ではなく、お客さまの納得感、満足感を優先させ、一度はお客さまの希望価格に寄り添うための努力をすることを当たり前にしていました。

この役割を担うのは、純粋な鑑定士では無理でしょう。

たかが名前ですが、人は自分の職業につけられた名前とその名前の持つ役割や機能に縛られるものです。
私は、当初からなんぼ屋の店舗でお客さまと接する役割のスタッフを「鑑定士」ではなくコンシェルジュとすることにこだわりました。

鑑定士からコンシェルジュ、そしてバリュデザイナーへ

品物の価値を鑑定する人ではなく、お客さまのお話を聞いて、要望をできる限り叶える人であってほしい。ホテルなどの総合的な世話係を意味するコンシェルジュとすることで、それまでの買取店にはなかったサービスの概念を取り入れたかったのです。

現在のバリュエンスグループでは、もう一歩進んでコンシェルジュからバリューデザイナーという呼称に変わっていますが、お客さまの納得感を引き出すことで、満足していただき、「また何か売りに来たい」「あ、そういえば家にこんなものがあったな」眠っていた需要を掘り起こすことができました。

「この人ならちゃんと評価してくれる」という安心感から「この人に売りたい」となったら、最初の鑑定額で多少歩み寄っていたとしてもまったく問題ありません。

現在とは買い取る側の意識も売る側の意識も大きく違う当時、「後ろめたさ」や「余裕のなさ」を排除して、お客さまが「気分よく、満足して商品を手放す」というマインドに持っていくことで、新たな需要を喚起することに成功したのです。

「ブランド品を売る」ということの価値がカジュアル化し、買い取られた商品が中古品ではなくリユース品としての価値を生んでいることは、みなさんもよくご存じのとおりです。

質屋から鑑定人、鑑定人からコンシェルジュ、そしてバリューデザイナーへ
ブランド買取業のそれまでのスタンダード、常識ではなく、自分がお客だったら? 小売業ではどうか? また来たい店ってどんな店? というごく当たり前の基準でビジネスを考え直したとき、ブランド買取の世界にはまだまだ変わる余地がたくさんありました。

私たちの始めた工夫ややり方がブランド買取業の「当たり前」になっているのを見ると、その当時の当たり前を疑い、自分たちの率直な思いを持ち込んだことが私たちの勝機になったのかもしれません。

つづく

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