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バズってスーパースター、リルナズエックス7つの戦略 BTSからNARUTOまで

 「インターネットだけが居場所だった」……そんな青年が、たった一人で国民的ヒット曲を生み出した!? ということで、SonyMusicさんPresents企画、バズりつづけてスーパースターになったスーパースター、リル・ナズ・エックスの魅力を紹介するシリーズ第一弾です! (「ゲイのラップスター」としての革命を追う第二弾記事はこちら)

"仕組まれた"国民的ヒットソング

あいつに聞いてみればいい 俺の人生はまるで映画だ (「Old Town Road」)

 ポップラップアーティスト、リル・ナズをスターダムに押し上げた一曲が、2019年メガヒットしたカントリーラップ「Old Town Road」。全米シングルチャートにあたるBillboard HOT100史上最長の連続一位記録を樹立したり、とにかく大人気だったわけですが「国民的ヒット」級であることは上記の小学生たちの大合唱を観れば伝わると思います。最近の邦楽でたとえると、Foorin「パプリカ」とDA PUMP「U.S.A.」を合体させたかんじですかね?(雑)

 さて、この曲がSoundCloudにアップされた2018年末、20歳ごろのリル・ナズは大学を中退して転がり込んだ姉の家からも追い出されかけるカツカツ生活下。そんな青年が、レーベル企業の後ろ盾もなしにどうやって国民的ヒットを成し遂げたのか?……というと、TikTok。この曲はまずSNSで火がつき話題になったのです。ゆえに「若者が発見してムーブメントをつくったバイラルヒット」という「音楽マーケティングの新時代」の象徴として喧伝されていきました……が、重要なのは、リル・ナズ本人がこのように語っていること。

「「Old Town Road」の成功は子供が偶然得たものだと言われるけど、偶然なんかじゃない。僕の努力の賜物だ」

 そう、リル・ナズは、たった一人でバイラルヒットさせるための「話題の仕込み」を行いつづけていたのです……厳しい環境のなかインターネットだけが逃避場所だったという青年は、どのようにアメリカン・ドリームを成功させたのか? 時系列順に7つのバイラル戦略を追っていきます。

1.つねにアンテナを張る(好きな領域で)

オールド・タウン・ロードを目指して馬を走らせよう 力の限り突き進もう (「Old Town Road」)

 1999年ジョージア州に生まれアトランタ郊外で育ったリル・ナズ・エックスモンテロ・ラマー・ヒルは、キリスト教に敬虔な環境に育ち、ゲイであることを隠しつづける青年でした。そんな彼が居場所としていたのがインターネット。Twitterでは他人の人気投稿を盗用、つまりはパクツイしたりしてよくバズっていたそう。ティーンとなったリズ・ナズは、ラップミュージシャンになることを決意し、親の反対にあいながらも大学を中退。姉の家に転がり込み、邪魔者扱いされる状態に。もう音楽をヒットさせるしかない……そんなギリギリ状態だった彼が目をつけたSNSトレンドが「YeehawAgenda」の一部である、ヒップホップビートとカントリーテイストを融合させる「カントリー・トラップ・ビデオ」。このトレンドに沿いつつ、もっと盛り上がる曲調で、ユーモラスでストーリー性があるものを作ったらどうだ?……こうして生まれたのが、カントリーラップソング「Old Town Road」。つまり、このバイラルヒットは「音楽家がSNSトレンドに乗った」というより「SNSが大好きな音楽家が常日頃からリサーチしていたゆえに生まれた」、好きこそものの上手なれを体現するアイデアと言えます。

2. 反対のものを組み合わせる

 2018年ごろTwitter等で流行していた、主にブラックカルチャーとカントリー文化を合体させる「YeehawAgenda」ムーブメントについて、リル・ナズはこう語ります。

「正反対なポピュラーなものが2つ一緒になっているだけで、なんでも面白いんだ」

 この解釈は「Old Town Road」にも活かされています。まず「白人イメージの強いカントリー音楽」と「黒人イメージの強いラップ」の掛け合わせからして、当時のステレオタイプとしては正反対。

(2020年グラミー賞にて、ピンクのVersaceカウボーイファッション)

 加えて「Old Town Road」という題は「本当の田舎」を意味しますが、このウエスタンな「田舎」テーマに「カラフルで派手なカウボーイファッション」を入れたのもポイントでした。アメリカでは「グッチのカウボーイハットとラングラーのジーンズとブーツ」というリリックが注目されていましたが、これは西部劇っぽい「カントリー/田舎」と、ドラァグクイーン/クィアっぽいギンギラギンなラグジュアリーファッションの組み合わせが(一般的には)珍しかったからかもしれません。

3.注目を創りあげる

(Tik Tokの「Old Town Road」チャレンジ)

 ここが最大のド根性かもしれまんせん。オランダのプロデューサーYoungKioより、ナイン・インチ・ネイルズ「34 Ghosts IV」をサンプリングしたビートを30ドルで購入したことで生まれた「Old Town Road」。リル・ナズは「これは絶対にウケる」と確信したようですが、同時に、インターネットに精通しているゆえに「良い作品なら公開するだけで支持される」なんて発想はありませんでした。なんと、リル・ナズ・エックスは「Old Town Road」をバイラルさせるため、一人で100本以上のショートビデオをつくってあらゆるウェブに貼っていったのです。既存ミームおよび自作ミームのBGMに使った動画がメインだったようですが、プラットフォームは多岐にわたったようで、たとえば匿名掲示板Redditの『こういう曲のタイトルを教えて』スレッドに「"オールド・タウン・ロードを目指して馬を走らせよう"って(ラップしてる)曲の名前は何?」と自作自演書き込みもしていたとか。「ステルスマーケティング」とは一般的に企業が行うものとされる言葉ですが、この場合「一人ステマ」。じわじわと注目を集めていった当時について、リル・ナズはこう語ります。

「みんな"このミームどこからきたの?"って感じだった。人は、インターネットで話題のものを見ると参加したくなるんだ」

 たとえば出版物でも「今話題の一作!●万人に読まれている!」宣伝が強いといいますが、ソーシャルメディア時代には協力企業もお金もない個人でも「話題」感を創り上げることができるし、コンテンツと情報が溢れる環境だからこそ、人々が参加したがる「話題」が大事。

4.苦境をイベントに変える

 大量ミーム作戦が功を成して無事TikTokバイラルを果たし、2019年3月コロムビア・レコードともアーティスト契約、ヒット圏とされるBillboard HOT100の40位以内についてみせた「Old Town Road」。しかしここで事件が……Billboardがカントリーソングチャートからこの曲を除外! 「カントリーミュージックの要素を十分に取り入れていない」との言い分でしたが、前述したようにカントリー音楽に「白人が多い排他的ジャンル」印象があったこと、加えてビービー・レクサ「Meant to Be (feat. Florida Georgia Line) 」等ジャンルブレンディング系が同チャートを席巻していたりもしたため「Old Town Road」除外は人種差別的との議論、批判が発生しました。

 もちろんリル・ナズも不服だったわけですが「議論」だけで終わらせないのが彼流。「これでどうか」とばかりに、白人であるベテランカントリー歌手ビリー・レイ・サイラスを客演に招致したリミックス版を発表したのです! つまり、ジャンルのベテランが「これはカントリーソングだ」と認めた熱い展開。このリミックスが大ウケし、Billboard HOT100連続ナンバーワンを獲得*。「デリケートな話題」を「盛り上がるイベント」に好転させる手腕によって話題をかさ増しさせていきました。
*ソロバージョンで一度HOT100首位を獲得後、同リミックスで18週連続獲得

5.俊敏な時事ネタ

 Billboardカントリーチャート騒動によりリミックス大成功を果たした「Old Town Road」。以降、リル・ナズはこの曲のリミックスを連発するようになります。ビリー版に加えて、ディプロ版、ヤング・サグ&メイソン・ラムジー版、BTSのRM版……と合計4つ。このクドいレベルのリミックス連発によって注目、再生数を維持していき、見事マライア・キャリーや「Despacito」 を超える19週連続首位記録を達成してみせたのです。ここで面白いのが、2019年夏に発表された、上記サグ&メイソン版MVのリアルタイム性。同年メガヒットした『アベンジャーズ/エンドゲーム』悪役サノスに始まりビリーの娘マイリー・サイラスなど小ネタ満載ですが、プロットベースになっているのは「エリア51ナルト走り騒動」。これ、なにかというと、宇宙人が隠されている都市伝説を持つ米空軍の極秘基地「エリア51」に『NARUTO』の走り方で侵入しよう、というインターネット企画で、ジョークにも関わらず130万人以上がFacebookグループに参加するなど、米空軍側が声明を出す迷惑ネタに発展していたもの。リミックスビデオ中、キアヌ・リーブスがナルトの格好をして披露するのがいわゆる「ナルト走り」。

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 2021年の今、忘却した人も多い超時事ネタなわけですが、機を逃さずインターネットの注目を集めてみせるリル・ナズのスピーディ対応がうかがえます。実のところ、彼が尊敬するのはドレイクやカニエ・ウェストといった、自分のやり方を貫きながらも状況に適応して進化を繰り返してきたスーパースター。SNSトレンドに強いリル・ナズ・エックスは、そうしたスタイルのZ世代版と言えます。

6.他者の物語に橋渡し

 これは日本でも話題になりました。2020年1月、第62回グラミー賞における、K-POPグループBTSをゲストに迎えた「Old Town Road」パフォーマンス。これ、直接的には同曲リミックスにBTSメンバーのRMが参加していた関係なのですが、背景にはいろんな「話題」がありました。グラミー賞ステージが目標と公言してきたBTSは、同年度のメイン部門候補から漏れ、パフォーマンスにも呼ばれなかったのです。このことが多くのファンに残念がられたり批判を呼んだりしたことは、米歌手ホールジーが「アメリカは遅れてる」と遺憾ツイートをしたことからも伺えます。そうした流れで、リル・ナズが自分のステージに彼らを呼び、K-POPグループ史上はじめてのグラミーパフォーマンスが誕生したわけです。当時、リル・ナズ・エックスはまさにブレイクスルー・アクトでしたが、同じく米国で上昇気流にあったBTSの物語に橋渡しを行い、話題の相乗効果を奏でてみせました。ポジティブかつグッドなコラボレーションという明るさもポイントですね。

7.一本の強靭な物語

 前出のグラミー賞パフォーマンスを是非観ていただきたいんですが、大事なこととして、一本の流れがちゃんとできてるんですね。自室で音楽を奏でてた青年が都会に出てきて様々な世界観を魅せていき、最後には「MC名を拝借してるから嫌われてる」と噂されていたレジェンドラッパー、Nasと共演することで「田舎の青年がスーパースターになった」フィナーレを迎える。そもそも「Old Town Road」とは、窮地に立たされていたリル・ナズ・エックスが大志を掲げた曲だと語られています。

「「Old Town Road」は、万策尽きたときに生まれたんだ。一緒に住んでいた姉が、僕に我慢ならなくなっていたことがコーラスのリリックの由来。僕が"すべてから逃げたい"って言ってるようなもので……"誰の指図も受けない"って部分は、両親との関係からきてる。彼らは、僕を大学に戻したがってた、息子の成功が成功するなんて考えてもなかったんだろう」
「自分が孤独なカウボーイのように感じてた。馬に乗って、オールド・タウン・ロードを駆けて行きたかった。馬は車のようなもので、オールド・タウン・ロードとは、成功への道程。歌い出しのヴァースで、"準備完了、いくぜ"って掛け声をあげてる」

 つまり「Old Town Road」、そしてリル・ナズ・エックスの成功の秘訣とは、バイラルや時事ネタで消費されないほど力強い作品をきちんとつくれていたから、と言えます。チャートヒットのプロフェッショナルたるBillboardスタッフにしても、歴史的ヒットの理由は「結局、いい曲だから」って言ってましたしね。

SNSスキル≒プロデュース能力の証明

 ただ、リル・ナズ・エックスのスター像について、欠かせないのはやはりSNSスキル……というか総合プロデュース力です。彼は「Old Town Road」メガヒット後もこのスキルを遺憾なく発揮。むしろ予算が増えたことにより大規模になっていて、たとえば2020年冬、映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー3』をオマージュする「HOLIDAY」予告編に同映画の主演マイケル・J・フォックスを出演させています。音楽ファンのみならず映画ファンも絶対観ちゃうよね……な王道エンタメ力。リル・ナズ・エックスというスターがまず証明したのは、軽視されやすい「SNSバイラルスキル」は「総合的プロデュース能力」に近いことではないでしょうか。そして、時流を読んで変化しながら個性を貫く能力は、マイケル・ジャクソンやマドンナが打ち立てた音楽界のスーパースター像に大きく寄与する……大半にとっては必需品でしょう。

 ということで、一躍スターダムへのぼったリル・ナズ・エックスですが、まだまだ彼の道筋には試練が待ち受けていました。そして、2021年9月17日リリース予定のデビューアルバム「MONTERO」シーズンには、歴史的な「ゲイの黒人ポップスター」が誕生…… 

↓↓第二弾更新!!↓↓

(以下、クオリティが高すぎるMCU風アルバム予告と『スポンジ・ボブ』ミームをオマージュしたアルバムカバー)


*2021年9月10日更新: 第二弾記事を投稿したので冒頭リードおよび末尾の予告部分を加筆修正しました
*2021年9月5日更新: 「4.苦境をイベントに変える」のチャート推移表記、注記を加筆修正しました

よろこびます