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[全文無料] 無為と魂魄の調べ

    眩景を映す銀幕幻灯機
    風に吹かれて揺らぐ結晶

一、眩景を映す

端的に言って何もしたくない。

と言っても、何もしなかったら死んでしまうので、死なない程度には何かをするには違いない。

つまり、生きて行くために最低限必要なこと以外はしたくないということだ。

ほんの暇つぶしに文章を綴ってはみているものの、それだって本当にしたくてやっているというよりは、誰かにかまってもらいたい、ただそれだけのことであって、そんな程度のことから書かれた文章に、さしてかまってくれる人がいるわけもなく、一片の文章を書き上げた後のささやかな満足感、そしてそれに続くいくつかの反応、そうしたものが過ぎ去ってしまえば、後に残るは言葉にするのも愚かしい虚しさの情動ばかり、左目からは自然、涙のしずくがこぼれた。

二、銀幕幻灯機

基板の上に印刷された集積回路が、真っ平らな小宇宙に投影する赤青緑の芥子粒の羅列を硝子越しに見て、君は何を一体想うのか。

芥子粒の乱舞が網膜に文字を描いて、君の脳髄に想念の嵐を引き起こすことの不思議さすら、滅多に思い出すこともなく。

気づかぬうちに習い性となってしまった、つかの間の慰めを得るためのささやかな儀式を、いつの間にやら繰り返しては君の、やがて憂いを忘れることを仄かに期待しつつ思考の回路を短絡させて、昨日と明日の間の密林を彷徨う頃には、ただ己の脳神経回路の網の目の上で、複雑怪奇な反応が巻き起こっているにすぎないことを、まさにそのことだけを確認すればよいのだと、とうに気づいてはいるのだから、何を思うでもなく言葉の流れに身を任せて、放物線を描く魂の軌跡を楽しめばいい。

三、風に吹かれて

地球の表面から九粁(キロ)近くもの高さに盛り上がる巨大な山塊の麓に聖地はあった。

三角形をした亜大陸の各地から無数の巡礼がやってきて、熱帯の暑い陽射しのもと、ヒマラヤから降りて来たばかりの冷たい水を湛えた泥流に、沐浴をして俗世の煩悩を洗い流している。

その姿は傍観者の目からすれば、夏の海ではしゃぐ観光客のものとそれほど違いはない。

ここでは信仰と娯楽がひとつになっているのだ。

世界の天井から降りてくる大河が呼び寄せる涼やかな風に吹かれながら、菩提樹の葉のさらさらと囁く木陰で、原初の幸福が幻視された。

四、揺らぐ結晶

38億年前に青い小さな惑星の上に生まれた、タンパク質という名の巨大分子の数々の、その舞い踊り互いに互いを複製する不可思議な存在単位こそが、やがて250万年前に至り、我らが人類を生み出すことになる。

その人類が言葉を操るようになったのが、7万年前なのか5万年前なのか、それは正確には知りようもないことだが、とにかくその言語が創り出す仮想現実の世界に住むようになって更に数万年が過ぎ、ついにこの500年に至って科学という名の新技術を手に入れた我々は、地球全体の生物相の未来をも変えうるほどの暴虐の皇帝に成り果てたのだ。

しかもこの暴君は、無数の頭を持つ狂気のメデューサなのであり、互いに矛盾する抑えがたい欲求を実現するために、日夜我が身を貪り続ける。

この地獄の幻象の中にも聖者は、天の調べを聴き、無限次元の渾沌のはざまにゆらゆらと揺らぎ続ける、結晶が生み出す動的調和を言祝ぐことだろう。

であるからには、愚者の行ないは愚者の手に委ね、聖者の振る舞いは聖者の身に任せて、明日をも知れぬ凡俗の野暮天は、絶え間なく静寂へと還り続ける無為の事の葉を、聖なるガンガーの流れに捧げて、中有さまよう未練の魂魄を弔うことでよしとしよう。

#自由落下の言葉ども

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