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勇者たちの中学受験~わが子が本気になったとき、私の目が覚めたとき③

前回前々回の続きになります。

コズエ

エピソードⅢ コズエ
家族:奥山咲良(母)、健志(父)、アズサ(姉・中3)
塾:うのき教育学院(新小4~)
偏差値:51~52(四谷大塚)
受験校
 1月:盛岡白百合⇒〇
 2月1日午前:香蘭⇒×
    午後:三輪田⇒〇
 2月2日午前:恵泉⇒〇
    午後:香蘭⇒×
 2月4日:普連土⇒〇(進学)

前回の投稿の最後に、『「良い受験」とは、子供も親も受験を通して成長し、受験の結果に関わらず、「受験をしてよかった」と思えること』と書かせていただきました。コズエのケースはまさにその「良い受験」だと思えるものです。

コズエは前述のアユタやハヤトのようにサピックスや早稲アカのような中学受験の大手塾ではなく、「うのき教育学院」という中規模の塾に通い、志望校の合格を目指します。

ちなみに本書で出てくる登場人物たちは実在する子供や保護者たちですが、その名前は偽名を使っております。一方で彼らが受けた受験校や通っていた塾は実名で出ており、塾に関してはそれぞれの方針やアプローチの差が顕著に表れています。

中学受験において「塾選び」というのは生命線であり、子供に合った塾を選ぶことは志望校の合格だけではなく、受験が終わった後の満足度にも直結します。

ちなみにコズエの母親の咲良(さくら)は「この塾(うのき教育学院)を見つけてきたことが、自分の最大のファインプレーだ」と自負しています。

その背景には姉のアズサが小5になって突然中学受験をしたいと言い出し、その際に選んだ近所の個別指導塾(個人経営)で痛い目に遭ったからでした。

その塾ではベテランの先生が一人ですべての子供たちの指導を行うのですが、カリキュラムなど度外視で、週3回の通塾日に何をやるのかすら決まっておらず、透明性が低く、保護者としては非常に伴走のし辛い塾でした。

当のアズサ本人もその先生のアクの強さに嫌気がさし、転塾を希望しましたが、タイミングが合わずに結局通塾を続けることになります。そんな中、小6の模試でアズサは算数において良い成績を取ります。本人も親もようやく結果が出たことに安堵していたところ、塾の先生が言い放ったのは「カンニングでしょう?」という信じられない言葉でした。(そしてアズサは模試の問題の解き直しを命じられます)

エピソードⅡのハヤトの塾の先生もそうですが、にわかに信じがたい塾の先生たちの言動に驚きを隠せません。塾の先生たちの名誉のために言っておくと、私自身も教員になる前に塾で6年講師を務めた経験があり(大学4年間+卒業後2年間)、複数の塾で働いたことがありますが、このような人として問題がある先生はほとんどいませんでした。(全くいないとは言い切れませんが・・・)

このケースの場合、個人経営の塾ということでその先生のやりたい放題になっていますが、おそらくそれなりの結果が出ているので消費者からも一定の評価を受けているという側面があるのだと思います。その先生と波長が合えば効果も期待できるかもしれませんが、そうでなければ子供にとって中学受験は辛い思い出にしかなりません。

そんな”失敗”を経て、コズエの塾選びの際は咲良は綿密に情報収集を行いました。最初はサピックス、早稲アカ、四谷大塚、日能研などの大手塾を考えていましたが、一つだけ中小塾であるにもかかわらず、大手塾に負けない魅力がある塾を見つけました。それがうのき教育学院でした。

うのき教育学院は大田区に1教室だけある塾で、3学年合計で約100人の生徒に限定して指導を行っています。例年すぐに定員が埋まるそうですが、教室を増やすつもりはなく、また、入塾テストを課して優等生だけを受け入れるわけでもなく、派手な合格実績を掲げているわけでもない、大手とは趣向が異なる塾です。HPからも偏差値至上主義でないことは明らかで、塾内には理科の実験室もあります。

そのような子供の成長を第一にしてくれる塾に出会い、”充実した”塾生活を進めていったコズエですが、全てが順風満帆に行くわけはありません。小5の時には成績が緩やかに下降していき、コズエは精神的にもバランスを崩してしまいます。ストレスのため氷をむさぼり食べてしまうという「氷食症」という病気になってしまい、受験をやめたいと願うようになりますが、塾の先生たちの親身な対応によって何とかとどまることができました。母の咲良はコズエを追い込んだのが自分だと気付き、自身の親としての役割を再認識します。そこからは家族一丸となって、受験に臨んでいきます。

アユタやハヤトと異なり、コズエが目指すのは中堅の女子校ばかりです。偏差値的にはそこまで有名な学校ではないかもしれませんが、コズエたちはそれらの学校が本当に自分に合った学校だと信じて、受験をします。

結果は第一志望の香蘭には残念ながら受かりませんでしたが、チャレンジだと思っていた普連土学園を含めて、4つの学校から合格をもらいました。

コズエはこの受験の経験をとして一つ気づいたことがあります。

「自分には、努力して、挑戦する勇気がある」

これを「良い受験」と言わずしてなんと言えるでしょうか。どこに受かったかではないんです。どれだけ偏差値の高い学校に合格したとしても、肝心なのはその学校に入ってからであり、もっと言えばその受験を通して子供本人が、そして家族が何を得たかということです。エピソードⅡを読んで暗澹たる気持ちになった後だったので、コズエたちのストーリーを読んで少し救われたした気持ちになりました。

まとめ

ここで少し自分の話を。

私はもう20年以上複数の中高一貫校で勤めています。言わば、中学受験は私の生業の一つで、中学受験なしでは私の仕事は存在しません。そのような立場にいる私ですが、自分の子供たちには中学受験をさせていません。

理由は様々あるのですが、一番の理由は子供の成長の過程において10歳から12歳の間に多大な時間を割いて勉強をさせることにあまり意味を見出せないからです。また、私立と公立を比べたときにいろいろな点において圧倒的に私立にアドバンテージがあるのは重々理解をしています。(自分が勤めている学校は日本でも先端の教育を実践している学校と言われているので、なおさらです)

しかし、だからと言って公立が悪なのかというとそうではありません。確かに公立中学に多くを期待はできないのは事実ですが、その分家庭でしっかり教育をすればいいだけの話であって、私はそれができると思っています。例えば、長女は現在中学1年生ですが、英語に関しては昨年英検準2級(高1~2レベル)を取りました。また、毎日朝5:30におきて1時間学習する「朝学習」をもう5年くらい続けています。習慣化しているので、私が休みの時や出張中も勝手にやっています。そして、勉強だけではなく、「PDCAサイクル」の回し方や、「リフレクション」の仕方、などのライフスキルも家で教えていたりします。

私自身が小中高と公立の学校出身なので、公立には公立の良さがあり、一方で私立には私立の良さがあることをよく理解しています。そのうえで、中学受験を客観的に捉えたときに、「結果に左右されずに、成長の機会と捉えて、家族一丸となって目標に向かうことができる」のであれば中学受験は非常に価値があるものだと思いますし、そうでないのなら中学受験は子供にとっては有害でしかありません。(「教育虐待」など悪夢にしか思えません)

また、その思いを強くする理由の一つとして、本書でも何度も登場する塾の存在があります。どこの塾がいい悪いではなく、塾は子供たちの実績を利用してお金を稼ぐ営利企業だということを我々は忘れがちです。本書でも出てくる「トロフィー受験」(通う気もないのに、最難関校合格の称号を得るために受けさせる受験)は塾ビジネスの恥部と言えますし、合格実績を出すためならえげつないことをやっている塾は無数に存在します。

*塾については下記の投稿でも詳しく書きました。

そして、偏差値のお話。コズエの進学した学校は、ハヤトやアユタが進学した学校よりも偏差値的にはだいぶ下です。しかし、中学受験の満足度は、圧倒的にコズエの方が高いというのはどういうことでしょうか。

我々はランキングが大好きであり、偏差値や大学の合格実績で学校を評価することを当然のことだと思っています。ただ、本書の3つのストーリーは、偏差値が高い学校に行くことが絶対的な正解ではないことを如実に表し、結果よりも過程が重要なことを示唆しています。(「結果より過程」という話は私もこれまで生徒や自分の子供たちに言い続けています。それを理解しないと本質を見誤る可能性があるからです)

筆者は本書の最後に以下のように記しています。「痛快」としか言いようがありません。

私が書く受験の記事は、どうやったら”勝ち組”になれるかという話ではない。中学受験に限らず、大量の課題をこなす処理能力と忍耐力と、与えられた課題に疑問を抱かない能力の高い者ばかりが有利になるこのくそみたいな受験システムに、どうやったら過剰反応しないで受験を乗り切れるかという話なのである。

最後に、本書に書かれているある母親の言葉を共有して終わりにしたいと思います。

「六年生の冬、いよいよ大詰めという頃、誰に言われるでもなく自分から机に向かい、目の色を変えて頑張る息子の姿を見たとき、息子の成長を感じた。目標のために自ら机に向かいようになるなんて、ずいぶん成長したなぁと感慨深かった。その時点で中学受験をして良かったと本気で思えた。合否が怖くなくなった」

これが「たとえ全滅しても『やってよかった』と思える境地」なのです。ここまでたどり着けば”勝ち組”だと思います。

もしこれを読まれている方で受験生の保護者様がいらっしゃいましたら、ここまでの努力に敬意を払います。これから本番を迎えるにあたって、さらなる試練があるかもしれませんが、家族で手を取り合い頑張ってほしいと願っています。

最後までお読みいただきありがとうございました。


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